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無事にインドを出国し、ネパールに入国!
まずはネパール側のイミグレにて入国手続きです。
こちらの係官は人がよく、スムーズに手続きをしてくれる。
でも、今からカトマンズへ行く、と言うと、
「ストライキをやってるから昼間はバスが出てないよ」と言われる。
ちおりの時もそうやったけど、まだストライキをやってるのか。。
どうすればカトマンドゥへ行けるか尋ねると、
夜のバスで行くか、20km先のシムラという町までリキシャで行き、
そこからならカトマンドゥ行きのバスに乗れる、とのこと。
参考までにリキシャの値段を聞いてみると、

係 「だいたい200IRs(インドルピー、1IRs≒3円)くらいかな。
   昨夜国境を越えたイギリス人3人が
   近くのゲストハウスに泊まってるはずだから、
   シェアして行くと安くあがるよ。」

とまでアドバイスをくれた!なんて親切なんだ~!!
係官にお礼を言い、少し歩くと、教えてもらった安宿を発見。
しかし、安宿の親父は、

宿 「イギリス人は早朝のバスでもう出たよ。
   バスはストライキを始める前と、終わった後の、
   日の出前と日没後にしか出ないからね。
   次は夜までバスがないから宿に泊まっていきな。」

と言う。今は7時半。日も昇り、かなり明るくなっている。
夜までバスを待つなら半日待たなければいけない。
バスで仮眠を取ったのが間違いだった。。
でも仕方がない、もう過ぎたことだ。

リキシャでシムラまで行けばバスがあるんだろう、と聞くと、
リキシャは通れるが、現地語を話せない旅行者が行くのは危険だ、と言う。
うーん、本当だろうか。宿代が1泊250IRsと高く、
無理やり泊めたがってる気がしないでもない。
隣りにいたリキシャの親父に、シムラまでいくらか聞くと、
40ドルで行ってやるよ、とふざけたことを言ってくる。
まだ時間はあることやし、もう一度イミグレに戻って話を聞くことにした。
今度はポリスも一緒になって、相談に乗ってくれた。

三 「宿の親父は、リキシャは危険だから
   夜まで待てって言ってるけど、危険なの??」
ポ 「旅行者はリスペクトされるから問題ないよ、安全だ。」

うーん、ここはネパール。
みんないい加減なことを言うものだし、
安全だという言葉を素直に信じていいのか??
でもポリスがそう言ってるんだし、、。
さあ、どうする??

ちおりと同じように夜まで待っても、
投石されたり、満員で乗客が振り落とされたり、
寒くて死ぬ思いをするなら、どっちも同じか。
瞑想明けの、愛の気持ちに溢れた今ならいけそうな気がする。
ちおりもカトマンドゥで待ってることやし、
それならリキシャに乗って移動しよう。
そう決めた。

三 「わかった、リキシャで行く。でもリキシャが40ドルとか言ってくるんだ。」
ポ 「ちょっと待ってろ、おれがリキシャを捕まえてやろう。」

おー、なんていい人達だ!
しかし、国境を通るリキシャはみんな客を乗せた状態で、
なかなか捕まらない。
その間僕はチャイを飲み、まだ暇を持て余してると、
今度は国境やイミグレの写真を撮ってもいいぞ、と言い出す始末。

↓なので国境のゲートの写真を撮ってみました。
 いかついですが、親切な、左:イミグレ係官と、右:ポリス。
080214a.jpg

↓こんなイミグレーション・オフィスです。
080214b.jpg

↓国境付近の、のどかな田園風景。
080214c.jpg


リキシャを待つこと1時間。
ようやくポリスは1台のリキシャを捕まえ、値段交渉までしてくれた!

ポ 「迂回しながら行くため、1時間半かかるから、
   300IRsだと言ってるが、どうする??」

ここビールガンジからカトマンドゥまで、バスで行っても250IRs。
それと比べると高いが、宿に泊まっても250IRsするんだったら、
リキシャに乗って移動して、今日中にカトマンドゥに着く方がずっといい。

三 「ありがとう、リキシャに乗っていくよ。」
と言うと、
ポ 「300IRsだからな。それ以上は払う必要ないぞ。」
  「シムラのバスターミナルまで連れて行ってくれるからな。」
  「言うことを聞かなかったら殴ってやればいいからな。」
  「念のためにリキシャ番号を控えておこう。」
  「何かあったら連絡してこいよ。」

といろいろ忠告してくれた!なんて素敵な人達なんだ~!!
そして最後に、
「ネパール旅行を楽しんでな!」
ありがとう、お二人さん!ネパールが大好きになったよ!


8時半、そんなわけで、ポリスとイミグレ係官に見送られ、
シムラに向けてリキシャ出発~!!

・・・しかし、リキシャが走ること、100m。

リ 「300IRsはローカルプライスだ。ツーリストは500IRsだ。」
三 「NO。それなら降りるよ。」

リキシャを捕まえるのが大変だったのを隠して笑顔で答えると、
気の弱そうなリキシャの親父は黙ってこぎ続けた。

リキシャは、小さな村と、のどかな畑のそばを、
ゆっくりとしたスピードで走っていく。
そして間もなく、前方に人だかりと、黒い煙が上がってるのが見え始めた。
リキシャは幹線道路から外れ、住宅街の道を抜ける。
一つ目のストライキゾーンを迂回して幹線道路に戻り、
またしばらく走ると、別のストライキゾーンが見えてきた。
リキシャの親父は、ほら、ストライキをやってるから通れないよ、
というゼスチャーをしてみせるが、
「みんな通ってる、黙って行け!」と言うと、渋々走り出した。
ストライキは、道路の真ん中でタイヤを燃やし、
両サイドに石を積んだり、土管を並べたりして車両を通れなくしている。
これなら確かにリキシャしか通れない。

↓ストライキの風景。さすがに近くでは撮影できません。。
080214d.jpg


いくつかのストライキゾーンを越えていくうちに、
リキシャはストライキゾーンでもないのに住宅街を走り出した。
一体どこへ行く気だ??
悪い奴らが待ち構えてたら嫌だなーと思い、
いつでも飛び降りれる準備をしておく。
すると、とある民家の前で止まり、親父は家の奥へと入っていった。
そして、戻ってくるなり、降りろ、と言う。
何をする気だ!?と構えたら、

↓リキシャの座席のふたを開けると、そこから大量の卵が!
080214e.jpg


この親父、卵を輸送中に僕に捕まったんですね~。
リキシャの親父と、家の女の子と一緒になって卵をケースに移す。

↓リキシャと卵とバックパックと。
080214f.jpg


そうとわかったら、リキシャの親父もいい人に思えてきた!
卵をすべて運び出して、再び出発~!

その後もストライキゾーンは数百メートル毎にあり、
時には普通に通過したり、時には迂回したり、
時には権力のある人を呼んでもらい、話をつけて通してもらったりした。

そうこうしてるうち、十数個目のストライキゾーンで、
血気盛んな数人の若者達が、
火が燃えている竹の棒を持ってリキシャを取り囲んだ。
肌黒い、インド系の顔立ちをした、10代と思える子供達の顔には、
憎悪の表情がありありと窺える。
怒った様子で、こちらに向かって「どこへ行く気だ!?」と言ってるようだ。
リキシャの親父もびびってしまってる。
僕は手を合わせ、笑顔で「ナマステー」と挨拶をする。
そして、カトマンドゥへ行かなければならないから通して欲しい、
とお願いすると、わかってくれた様で、
彼らも笑顔を返し、リキシャを通してくれた。
何でストライキをしてるのかわからないけど、
若い彼らは、たぶん大人達がするのを真似て、暴徒化してるだけだと思う。
きっと心はきれいな部分を持っているはずだ。
お互い憎まず、仲良く話し合いで解決したらいいのに、と思う。

途中、人のよさそうなおじさんが、
自転車で並走しながら英語で話しかけてきた。
僕が日本人であること、
インドのブッダガヤ(仏教の聖地)から来たこと、
ブッディストであることを話すと、
それをネパール語でリキシャの親父に通訳してくれた。
それ以降、ストライキゾーンで止められると、
リキシャの親父が「彼はブッディストだ」と言うと、
結構スムーズに通れるようになった。

・・・出発から2時間後。
リキシャの親父は、500IRsにしてくれ、と言ってきた。
ここまでいろいろとやってもらってるのだから、
400IRsにならしてあげてもいいか、と思い、
「わかった、じゃあ400IRs払うよ」と言うと、
「いや、500IRsだ」と、親父は譲らない。
折れた意味がなかった、、と思ったが、
後々この交渉が効果を発揮することになる。

しかし、北上するにつれて、
ストライキの様子も段々険悪な雰囲気になってきた。
人だかりが大きくなり、止められる回数も多くなった。
リキシャを降りて、一緒にリキシャを持ち上げて積まれた石を越えたり、
田んぼのあぜ道に迂回したりすることもあった。
その度に親父は、もう無理だ、帰ろうよ、とゼスチャーするのだが、
シムラに着くまではお金は払わないよ、と言うと、また走り出すのだった。

そして、とあるストライキゾーンでのこと。
僕の目の前で、2台の車がそこを通ろうとし、たくさんの人に取り囲まれていた。
棒を持った人、火が燃えた竹を持った人。
今にも車がボコボコにされそうな勢いだった。
リキシャの親父はまた、もう無理だよー、というゼスチャーをする。
さすがに僕も、これはヤバイかな、と思った。
でも僕は、進むか戻るかしかない。
親父には迷惑を掛けられないと思い、後は歩いてシムラまで行くことにした。
ひとりで歩いてたら、きっと通してくれるだろう。
リキシャで結構進んだから、歩いてたらそのうち着くだろう。
僕はリキシャを降り、ありがとう、でもここまでだから、300IRsで許してね、と言うと、
親父は、「わかった、乗れ!」と言い出した!
なんや、やればできるんやん~!

僕は再びリキシャに乗り、恐ろしいストライキゾーンへと向かう。
案の定、彼らは僕らを取り囲み、
こちらが言うより先に、いきなりリキシャの空気を抜きだした!
「ちょっと待って!ここを通してください!プリーズ!」
さすがに僕も笑顔が消えた。
何とか彼らを落ち着かせ、シムラに行かねばならないことを説明して、
どうにか通してもらうことができた。
ふぅ、燃やされなくてよかったー。。

・・・3時間後。
まだ着かない。。おかしい。。
空気を抜かれたリキシャは、さらに速度を落としていた。
考えてみれば、1時間半だと言われたから1時間半で着くと思い込んでたが、
スピードを考えてみると、ゆっくり走る自転車にも追い抜かれてるし、
歩くより少し速いくらいだから、もしかして時速5、6km!?
とすると、4時間くらいかかるのか!?
しかも、リキシャの親父はシムラはどこか尋ねながら走っている。
ということは、シムラがどこか知らないわけ!?
僕もたまに英語で聞いてみるが、
あと6kmだとか、10kmだとか、根拠の無い数字が返ってくるだけだ。
ローマ字で書かれた看板なんてひとつもないし。。
でもまあ、みんな指差す方向は同じだから、そのうち着くのだろう。

リキシャの親父はもっと疲れてるだろうが、
3時間ずーっとリキシャに座っている僕も、さすがに疲れてきた。
その間、親父は500IRsにしろ、としつこく言ってくる。
最初は笑顔で「NO」と言ってたけど、
あまりにしつこいので僕もうっとうしくなってきた。
うるさいので「じゃあここでいいよ、でも300IRsね。」と言うと、また走り出す。
その繰り返し。
でも、親父も本気で500IRsを要求するようになってきた。

そして、おなかが減ったからご飯休憩にしよう、と言い出した。
最初は、もうすぐ着くから行け!と言ってたのだが、
なかなか着かないので、可哀想かな、、と思い、
ご飯休憩は取らせてあげることにした。
でも、ネパールルピーを持ってない僕はリキシャに残り、
その間に120IRsを別のポケットに隠し、財布の中身を415IRsだけにした。
500IRs払え、とうるさいからだ。

ご飯休憩後、近くにあった自転車修理屋さんで空気を入れる。
2つのタイヤに空気を入れて、5IRsを僕が払わされる。
親父は元気を取り戻し、タイヤに空気が入ると、スピードは前より速くなった。
そしてまた値段交渉が始まる。。

リ 「またこの道を帰らないといけないから、500IRs払え。」
三 「僕はもう410IRsしかないんだ、これが僕の全部のお金だ。」
リ 「じゃあ450IRsでいいから。」
三 「払ってあげたいけど、410IRsしか持ってないんだって!」

そんなことを話してるうちに、今さっき入れたタイヤの空気がもう無くなっていた。
囲まれた時にパンクさせられたようだ。

リ 「パンクしている!460IRs払え!」
三 「だから持ってないって言ってるだろう!」

お互いだんだんイライラしてきた。でも、まだ着かない。

・・・12時20分。
ようやく「SIMRA」とローマ字で書かれた看板を発見!
町に入り、栄えた通りに差し掛かってきたところで、
僕はリキシャを降ろしてもらうことにした。
この町の規模なら、もうバスターミナルまでは歩ける距離だろう。
バスターミナルで値段交渉で騒がれても困るし、
少しでも帰るのに近い所で別れた方がいいからだ。
僕の見せかけの全財産の410IRsを渡すと、
親父は少し悲しそうな顔をしていたけれど、
最後は「GOOD JOBだった!」と握手を交わし、親父と別れた。
今来た道を無事に帰れるかな、今日中に帰れるかな、
と思うと心許ないけれど、きっと今日の稼ぎは何日分かの稼ぎのはず。
今日は家族でおいしいものを食べておくれ。

大変やったけど、何とか無事に通り抜けられた!
もう12時半だ。でも、これなら今日中にカトマンドゥに着くことができそうだ。

しかし、まだもう一山待っているのでした・・・。
次回に続く。


Writer 三太郎


※定かな情報ではありませんが、このストライキは、
 4月に予定されている制憲議会選挙を妨害しようとするものか、
 政府の政策に対する抗議運動だと思われます。
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2008.02.14 Thu l ネパール l コメント (0) l top

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