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バスのパンクにもめげず、ピーターマリッツバーグに到着!
この町は、他の南アフリカとは違った、
ヨーロッパ風なお洒落な街並みで、
人々は英語ではなく、オランダ語に似た
「アフリカーンス語」という言語をしゃべる。

↓ピーターマリッツバーグのシティ・ホール。
070415a.jpg


その理由は、この町が19世紀頃に
ボーア人(オランダ系農業移民)によって建国された
「トランスバール共和国」の首都だったから。

彼らボーア人(オランダ)は、アフリカ南部を植民地化してたのだけど、
ケープタウンをイギリスに占領され、
仕方なく内陸に移住し、先住民から領土を奪い、
「オレンジ自由国」とここ「トランスバール共和国」を建国した。

しかし、その後にこれらの土地で金が発見されると、
イギリスが再び侵略し、ボーア戦争が勃発する。
その結果、イギリスが勝利し、
これらの国もイギリス植民地の領土に組み込まれたのだった。

これも、侵略の歴史の1ページ。
どっちも自分勝手な、自分の利益のための侵略ですが、
こうしてこの町が出来上がったのでした。
学校では教わらない、南アフリカに来て、勉強して初めて知る歴史です。

↓ガンジー像。彼はこの地で、イギリス人による
 インド人移民への差別撤廃と市民権獲得のために闘った。
070415b.jpg


Writer 三太郎
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2007.04.15 Sun l 南アフリカ l コメント (0) トラックバック (0) l top

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