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6世紀と10世紀以降に
芸術、宗教、経済の中心地として栄えた、
マヤ文明のチチェン・イツァー遺跡。

チチェン・イツァーとは、「泉のほとりのイツァー人」という意味。
ユカタン半島最大のセノーテ(聖なる泉)を中心に
都市が繁栄したので、この名前が付きました。

↓チチェン・イツァーのセノーテ。
 若い処女が人身御供としてセノーテに投下されてました!
061216a.jpg

↓古代マヤ人の天文観測所、カラコル(カタツムリ)。
061216b.jpg

これは6世紀頃の遺跡で、上部の窓の位置が
季節の日月没の位置に合わせて正確に作られてます。
マヤ文明はこの頃から、太陽や月、星の運行を
肉眼で観測することによって
かなり正確な暦を作り上げていました!
(1年=365.24日を算出してます!)

↓エル・カスティージョ。
061216c.jpg

↓戦士の神殿。頂上では生きた人間から
 心臓を取り出し、生け贄にしてたとか。
061216d.jpg

これらは10世紀以降の遺跡。
マヤ文明は定期的に遷都を行ったので、
チチェン・イツァーには2種類の違う特色の遺跡があります。
最近まで頂上まで上れたそうですが、
転落死亡事故があって上れなくなってました。残念。


アメリカがクリスマス休暇に入ったので、
アメリカ人だらけ、英語が飛び交いまくり!
チチェン・イツァーはカンクンから3時間の位置にあるから、
カンクンとセットで来るツアー客がいっぱい。
人混みで疲れました。。
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2006.12.16 Sat l メキシコ l コメント (1) トラックバック (0) l top

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2009.10.24 Sat l . l 編集

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