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この旅に出てから、(特に最近)考えることは
『目標って、必要なの?』

「旅に目標があっていいよね」と言われることが多々あります。
でも、この3Qって、あまり目標的な意識は無く、
楽しそうなので、できればいいかな、ぐらいなんです。

そして、以前もブログで書いたように、
最終的に何をしたいの?という問いに対しての答えはまだ持っていません。


目標がなくても、ステキな旅をしてる人は沢山いるし、
生き生きと旅を楽しんでる。
『夢・目標を持って生きよう!』
と、巷でスローガンの如く叫ばれているけれど、
これって、本当に必要??

あればいいかもしれないけど、
血眼になって、探す必要のあるものなのかなぁ。


今日はたまたまバス移動日だったので、持ってきた本を開いてみました。
そしたら、そこにまさに、私の悩みを打ち消してくれる文章が!
何度か読んでるのに、忘れるものですね。
というか、今まで読んでも心に留まらなかったところが、
目に飛び込んでくるというのは、自分の心境・考えが変わったせい?

ちょっと抜き出しが多くなりますが、ぜひ読んでください。
(以下、「スロー・イズ・ビューティフル」辻信一著 より抜粋)
----------------------------------------------------

「今はそれどころじゃない」
と言われて、「今」もまた「それ」をはずされて空っぽになる。
宙ぶらりんになる。

つまり、「大事な今」には「それ」よりもっと大事な
何かがふさわしい、というわけだ。
しかし、「今」が「それ」に代わる、
よりふさわしい何かによって満たされることはなかなかない。
・・・

ある団体が若者を対象にアンケート調査をやったところ、
多くの若者が
「将来のために今を犠牲にするのはバカげている」
と考えていることがわかった。

この結果について、これは現代の若者が刹那的になっていることを
意味しており深刻な問題だ、と新聞で論じているそうだ。

 中村(ナマケモノ倶楽部の世話人の1人)に言わせれば
「将来のために今を犠牲にするのはバカげている」
という感性の方こそがまともなのだ。

将来のために今を犠牲にし続けてきた大人たちの世界に、
若者たちはもう見切りをつけようとしている。

「もう、今を犠牲にするのはやめよう」
という彼らの感覚は、必ずしも「今さえよければそれでいい」
という投げやりな刹那主義と同じではないはずだ。
・・・

ミヒャエル・エンデの『モモ』では
灰色の男たちが時間貯蓄銀行を営んでいた。
そして人々は将来のために時間を節約し貯蓄すればするほど、
「今」を奪われ、忙しく時に追われて不幸せになっていく。
・・・

若者の凶悪犯罪が増えていることについての議論が盛んだ。
目標を持っていないことについての懸念で、
彼らの生きがいとなるような目標を与えることが
社会に求められているとする。

しかし、そうだろうか。
社会はこれまで子供たちに目標を押しつけて、
そのために今を犠牲にすることを強いてきた。
そのことが多くの不幸せな若者をつくり出したのだと、
ぼくには思えるのだが。
・・・

問題をたててその解決に取り組むことが、
いつの間にか、「生きる」ということの
かわりをするようになってはいないか。

問題を追いかけることに忙しく、
肝心の「生きる」ことがおそろかになってはいないか。
・・・

我々の時代は、人々が必死に生きがいを求め、
存在理由を探し、役割を模索し、
それが思うようにうまくいかない時には
生きる気力を失ってしまう時代だ。

以前は、「生きる」のに理由など要らなかった。
「今」はいのちの表現であり、「答え」。
その「今」を、その「答え」を人間はひたすら生きていた。

「今」が未来と切り離されるまでは。
そして単なる未来の手段だとみなされるようになるまでは。

目的や目標の無い人生なんて生きるに足りないなどと
言われるようになるまでは。

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日本人の3Qの「困っていること」の回答でも、もっとも多い答えは
『時間が無いこと』
時間は、無いわけではない。等しく流れているけれど、
やりたいことを後回しにしてでも、「将来のため」「目標のため」に
やらなければならないことが多すぎて、
「今」を充実させることができない。
「今」やりたかったことは、ぽつんと置いておかれてしまう。
そして、そうやって置いてきたものの、なんと多いことだろう。

「あなたの夢、目標はなんですか?」
就職活動でも必ず聞かれるこの言葉。
「目標が無いんです、夢が無いんです。」
そう答えると、まるで落伍者のように見られてしまう。
しかたがないので、何とか取り繕って、あれこれ言ってみるが、
自分はしっくりこないまま。

目標や夢が無いからと、後ろめたく思う必要は無い。
それより、「今」を精一杯、生きること。
そうすれば、おのずと道は開けると思う。
今やれることを、一生懸命。
私は、私のやれること、今しかできないことを、一生懸命する。


賛否両論あると思います。
もちろん、目標があるからこそ、頑張れることもあるし、
まっすぐ、それに向かって進むことができる。
でも、まっすぐでなくても、いいのかもしれない。
寄り道や曲道クネクネ歩いていって、
でも楽しかったねと思えるならステキです。

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2006.04.03 Mon l チリ l コメント (0) トラックバック (0) l top

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