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ようやくシムラまで辿り着いたけど、リキシャでお金を使いすぎたため、
カトマンドゥまで行くバス代が足りない。
まずは両替、、と思って銀行か両替屋を探したけれど、
お店が全部閉まってる!!
もしかして、ストライキって道路封鎖だけじゃなく、お店まで閉めてしまうの!?
そして、何も銀行まで閉めなくても・・・。

とりあえず、ドルを換えてくれそうな所ということで、
ゲストハウスを探し歩き、悪いレートながら両替することができた。
そこでバスターミナルの場所を聞くと、
「この道を行った、すぐの所だよ」と教えてくれた。

「この道」を歩くと、なかなかバスターミナルらしいものは見つからない。
違う人に聞くと、5分くらい歩いたところだとか、1km先だとか、
相変わらず適当な数字が返ってくる。

その道を歩くこと5分くらい、道端にバスが2台並んでるのを見つけた。
「カトマンドゥ行き?」と聞くと、そうだ、という。
「何時に出るの?」と聞くと、
昼2時に出発、カトマンドゥには夜8時着だよ、と教えてくれた。
夜8時着。。思っていたよりも遅い。
国境の町・ビールガンジとカトマンドゥ間の距離は、約180km。
シムラからだと、わずか160kmくらいだ。
おそらく山を越えるからそれくらい時間がかかるのだろう。
あまり夜に着くのは好きではないけど、
何とか今日中には着くことができそうだ。

出発まであと1時間。バスが止まってる前の食堂で、
ダルバートというネパールのカレーセットを食べ、
子供達に本を見せたり、写真を撮ったりして時間を潰す。

↓食堂の娘さん。むっちゃ可愛い!
080215a.jpg


そして、ちょうど2時、バスが出発ー!
定時に出るなんてすげー!と思いながらも、でも何でバスはガラガラ!?
と思ったら、すぐ近くの道路に駐車して、運転手はどっかへ行った。。
??と思ってると、ぱらぱらと乗客が乗り始める。
・・・もしかして、乗り場を間違えた?次発のバスに乗ってしまった!?
うーん、でもまあ夜8時に着くのならいいか、、、。
夜行バス明けで疲れていたので仮眠をとる。
エンジンの揺れで目を覚ますと、バスはいつの間にか満員になっていた。
3時半。改めて出発ー!

↓こんなバスです。
080215b.jpg

↓一番左:バスの運転手と、助手さん(集金係とか)。
080215c.jpg


バスは道端で乗客を見つけては止まり、降りる人がいては止まった。
1時間走ると大きめの町に到着し、30分くらいの休憩タイムになった。
暇なので外に出て、屋台を冷やかしたり、運転手と話していたのだが、

運 「ここからカトマンドゥへは2つの道があるんだ。
   右側の道は、ショートウェイだけど危険なんだ。
   左側の道は、ぐるーっと周るロングウェイなんだ。」

僕は、ふーん、と何気なく聞いていた。
危険ってどんな危険が待ってるんだ?と思ったけど、
まあバスに乗ってたら大丈夫やろう、とぐらいにしか思わなかった。
しかし、休憩後、バスが走り出すと、
なんと「ロングウェイ」の道を走り始めるではないか!
ま、まさかね、、、。

それからバスは乗降のための停車を繰り返し、
1時間毎に休憩を取り、夜9時半にご飯休憩に入った。
明らかに夜8時着ではないし、まだまだカトマンドゥに着きそうにない。
もう一度運転手に何時に着くのか確認すると、
「朝の4時頃かな?」なんて呑気な返事が返ってきた。
あぁ、そうですか。。

結局、振動で窓が開くバスで寒い思いをし、揺られ、
カトマンドゥの真っ暗なバス停(道端)に到着したのは朝4時半でした。
またまた朝までバスで仮眠を取り、
ちおりがいる宿に到着したのは朝6時半です。

わずか160kmの距離を、14時間半、バスに乗りっぱなし。。
命懸けの国境越えは、一体何だったんだー!!
と叫びたくなりましたが、命あっての旅ですから。
この旅で一番思い出に残る国境越えになりました。


Writer 三太郎
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2008.02.15 Fri l ネパール l コメント (0) l top
無事にインドを出国し、ネパールに入国!
まずはネパール側のイミグレにて入国手続きです。
こちらの係官は人がよく、スムーズに手続きをしてくれる。
でも、今からカトマンズへ行く、と言うと、
「ストライキをやってるから昼間はバスが出てないよ」と言われる。
ちおりの時もそうやったけど、まだストライキをやってるのか。。
どうすればカトマンドゥへ行けるか尋ねると、
夜のバスで行くか、20km先のシムラという町までリキシャで行き、
そこからならカトマンドゥ行きのバスに乗れる、とのこと。
参考までにリキシャの値段を聞いてみると、

係 「だいたい200IRs(インドルピー、1IRs≒3円)くらいかな。
   昨夜国境を越えたイギリス人3人が
   近くのゲストハウスに泊まってるはずだから、
   シェアして行くと安くあがるよ。」

とまでアドバイスをくれた!なんて親切なんだ~!!
係官にお礼を言い、少し歩くと、教えてもらった安宿を発見。
しかし、安宿の親父は、

宿 「イギリス人は早朝のバスでもう出たよ。
   バスはストライキを始める前と、終わった後の、
   日の出前と日没後にしか出ないからね。
   次は夜までバスがないから宿に泊まっていきな。」

と言う。今は7時半。日も昇り、かなり明るくなっている。
夜までバスを待つなら半日待たなければいけない。
バスで仮眠を取ったのが間違いだった。。
でも仕方がない、もう過ぎたことだ。

リキシャでシムラまで行けばバスがあるんだろう、と聞くと、
リキシャは通れるが、現地語を話せない旅行者が行くのは危険だ、と言う。
うーん、本当だろうか。宿代が1泊250IRsと高く、
無理やり泊めたがってる気がしないでもない。
隣りにいたリキシャの親父に、シムラまでいくらか聞くと、
40ドルで行ってやるよ、とふざけたことを言ってくる。
まだ時間はあることやし、もう一度イミグレに戻って話を聞くことにした。
今度はポリスも一緒になって、相談に乗ってくれた。

三 「宿の親父は、リキシャは危険だから
   夜まで待てって言ってるけど、危険なの??」
ポ 「旅行者はリスペクトされるから問題ないよ、安全だ。」

うーん、ここはネパール。
みんないい加減なことを言うものだし、
安全だという言葉を素直に信じていいのか??
でもポリスがそう言ってるんだし、、。
さあ、どうする??

ちおりと同じように夜まで待っても、
投石されたり、満員で乗客が振り落とされたり、
寒くて死ぬ思いをするなら、どっちも同じか。
瞑想明けの、愛の気持ちに溢れた今ならいけそうな気がする。
ちおりもカトマンドゥで待ってることやし、
それならリキシャに乗って移動しよう。
そう決めた。

三 「わかった、リキシャで行く。でもリキシャが40ドルとか言ってくるんだ。」
ポ 「ちょっと待ってろ、おれがリキシャを捕まえてやろう。」

おー、なんていい人達だ!
しかし、国境を通るリキシャはみんな客を乗せた状態で、
なかなか捕まらない。
その間僕はチャイを飲み、まだ暇を持て余してると、
今度は国境やイミグレの写真を撮ってもいいぞ、と言い出す始末。

↓なので国境のゲートの写真を撮ってみました。
 いかついですが、親切な、左:イミグレ係官と、右:ポリス。
080214a.jpg

↓こんなイミグレーション・オフィスです。
080214b.jpg

↓国境付近の、のどかな田園風景。
080214c.jpg


リキシャを待つこと1時間。
ようやくポリスは1台のリキシャを捕まえ、値段交渉までしてくれた!

ポ 「迂回しながら行くため、1時間半かかるから、
   300IRsだと言ってるが、どうする??」

ここビールガンジからカトマンドゥまで、バスで行っても250IRs。
それと比べると高いが、宿に泊まっても250IRsするんだったら、
リキシャに乗って移動して、今日中にカトマンドゥに着く方がずっといい。

三 「ありがとう、リキシャに乗っていくよ。」
と言うと、
ポ 「300IRsだからな。それ以上は払う必要ないぞ。」
  「シムラのバスターミナルまで連れて行ってくれるからな。」
  「言うことを聞かなかったら殴ってやればいいからな。」
  「念のためにリキシャ番号を控えておこう。」
  「何かあったら連絡してこいよ。」

といろいろ忠告してくれた!なんて素敵な人達なんだ~!!
そして最後に、
「ネパール旅行を楽しんでな!」
ありがとう、お二人さん!ネパールが大好きになったよ!


8時半、そんなわけで、ポリスとイミグレ係官に見送られ、
シムラに向けてリキシャ出発~!!

・・・しかし、リキシャが走ること、100m。

リ 「300IRsはローカルプライスだ。ツーリストは500IRsだ。」
三 「NO。それなら降りるよ。」

リキシャを捕まえるのが大変だったのを隠して笑顔で答えると、
気の弱そうなリキシャの親父は黙ってこぎ続けた。

リキシャは、小さな村と、のどかな畑のそばを、
ゆっくりとしたスピードで走っていく。
そして間もなく、前方に人だかりと、黒い煙が上がってるのが見え始めた。
リキシャは幹線道路から外れ、住宅街の道を抜ける。
一つ目のストライキゾーンを迂回して幹線道路に戻り、
またしばらく走ると、別のストライキゾーンが見えてきた。
リキシャの親父は、ほら、ストライキをやってるから通れないよ、
というゼスチャーをしてみせるが、
「みんな通ってる、黙って行け!」と言うと、渋々走り出した。
ストライキは、道路の真ん中でタイヤを燃やし、
両サイドに石を積んだり、土管を並べたりして車両を通れなくしている。
これなら確かにリキシャしか通れない。

↓ストライキの風景。さすがに近くでは撮影できません。。
080214d.jpg


いくつかのストライキゾーンを越えていくうちに、
リキシャはストライキゾーンでもないのに住宅街を走り出した。
一体どこへ行く気だ??
悪い奴らが待ち構えてたら嫌だなーと思い、
いつでも飛び降りれる準備をしておく。
すると、とある民家の前で止まり、親父は家の奥へと入っていった。
そして、戻ってくるなり、降りろ、と言う。
何をする気だ!?と構えたら、

↓リキシャの座席のふたを開けると、そこから大量の卵が!
080214e.jpg


この親父、卵を輸送中に僕に捕まったんですね~。
リキシャの親父と、家の女の子と一緒になって卵をケースに移す。

↓リキシャと卵とバックパックと。
080214f.jpg


そうとわかったら、リキシャの親父もいい人に思えてきた!
卵をすべて運び出して、再び出発~!

その後もストライキゾーンは数百メートル毎にあり、
時には普通に通過したり、時には迂回したり、
時には権力のある人を呼んでもらい、話をつけて通してもらったりした。

そうこうしてるうち、十数個目のストライキゾーンで、
血気盛んな数人の若者達が、
火が燃えている竹の棒を持ってリキシャを取り囲んだ。
肌黒い、インド系の顔立ちをした、10代と思える子供達の顔には、
憎悪の表情がありありと窺える。
怒った様子で、こちらに向かって「どこへ行く気だ!?」と言ってるようだ。
リキシャの親父もびびってしまってる。
僕は手を合わせ、笑顔で「ナマステー」と挨拶をする。
そして、カトマンドゥへ行かなければならないから通して欲しい、
とお願いすると、わかってくれた様で、
彼らも笑顔を返し、リキシャを通してくれた。
何でストライキをしてるのかわからないけど、
若い彼らは、たぶん大人達がするのを真似て、暴徒化してるだけだと思う。
きっと心はきれいな部分を持っているはずだ。
お互い憎まず、仲良く話し合いで解決したらいいのに、と思う。

途中、人のよさそうなおじさんが、
自転車で並走しながら英語で話しかけてきた。
僕が日本人であること、
インドのブッダガヤ(仏教の聖地)から来たこと、
ブッディストであることを話すと、
それをネパール語でリキシャの親父に通訳してくれた。
それ以降、ストライキゾーンで止められると、
リキシャの親父が「彼はブッディストだ」と言うと、
結構スムーズに通れるようになった。

・・・出発から2時間後。
リキシャの親父は、500IRsにしてくれ、と言ってきた。
ここまでいろいろとやってもらってるのだから、
400IRsにならしてあげてもいいか、と思い、
「わかった、じゃあ400IRs払うよ」と言うと、
「いや、500IRsだ」と、親父は譲らない。
折れた意味がなかった、、と思ったが、
後々この交渉が効果を発揮することになる。

しかし、北上するにつれて、
ストライキの様子も段々険悪な雰囲気になってきた。
人だかりが大きくなり、止められる回数も多くなった。
リキシャを降りて、一緒にリキシャを持ち上げて積まれた石を越えたり、
田んぼのあぜ道に迂回したりすることもあった。
その度に親父は、もう無理だ、帰ろうよ、とゼスチャーするのだが、
シムラに着くまではお金は払わないよ、と言うと、また走り出すのだった。

そして、とあるストライキゾーンでのこと。
僕の目の前で、2台の車がそこを通ろうとし、たくさんの人に取り囲まれていた。
棒を持った人、火が燃えた竹を持った人。
今にも車がボコボコにされそうな勢いだった。
リキシャの親父はまた、もう無理だよー、というゼスチャーをする。
さすがに僕も、これはヤバイかな、と思った。
でも僕は、進むか戻るかしかない。
親父には迷惑を掛けられないと思い、後は歩いてシムラまで行くことにした。
ひとりで歩いてたら、きっと通してくれるだろう。
リキシャで結構進んだから、歩いてたらそのうち着くだろう。
僕はリキシャを降り、ありがとう、でもここまでだから、300IRsで許してね、と言うと、
親父は、「わかった、乗れ!」と言い出した!
なんや、やればできるんやん~!

僕は再びリキシャに乗り、恐ろしいストライキゾーンへと向かう。
案の定、彼らは僕らを取り囲み、
こちらが言うより先に、いきなりリキシャの空気を抜きだした!
「ちょっと待って!ここを通してください!プリーズ!」
さすがに僕も笑顔が消えた。
何とか彼らを落ち着かせ、シムラに行かねばならないことを説明して、
どうにか通してもらうことができた。
ふぅ、燃やされなくてよかったー。。

・・・3時間後。
まだ着かない。。おかしい。。
空気を抜かれたリキシャは、さらに速度を落としていた。
考えてみれば、1時間半だと言われたから1時間半で着くと思い込んでたが、
スピードを考えてみると、ゆっくり走る自転車にも追い抜かれてるし、
歩くより少し速いくらいだから、もしかして時速5、6km!?
とすると、4時間くらいかかるのか!?
しかも、リキシャの親父はシムラはどこか尋ねながら走っている。
ということは、シムラがどこか知らないわけ!?
僕もたまに英語で聞いてみるが、
あと6kmだとか、10kmだとか、根拠の無い数字が返ってくるだけだ。
ローマ字で書かれた看板なんてひとつもないし。。
でもまあ、みんな指差す方向は同じだから、そのうち着くのだろう。

リキシャの親父はもっと疲れてるだろうが、
3時間ずーっとリキシャに座っている僕も、さすがに疲れてきた。
その間、親父は500IRsにしろ、としつこく言ってくる。
最初は笑顔で「NO」と言ってたけど、
あまりにしつこいので僕もうっとうしくなってきた。
うるさいので「じゃあここでいいよ、でも300IRsね。」と言うと、また走り出す。
その繰り返し。
でも、親父も本気で500IRsを要求するようになってきた。

そして、おなかが減ったからご飯休憩にしよう、と言い出した。
最初は、もうすぐ着くから行け!と言ってたのだが、
なかなか着かないので、可哀想かな、、と思い、
ご飯休憩は取らせてあげることにした。
でも、ネパールルピーを持ってない僕はリキシャに残り、
その間に120IRsを別のポケットに隠し、財布の中身を415IRsだけにした。
500IRs払え、とうるさいからだ。

ご飯休憩後、近くにあった自転車修理屋さんで空気を入れる。
2つのタイヤに空気を入れて、5IRsを僕が払わされる。
親父は元気を取り戻し、タイヤに空気が入ると、スピードは前より速くなった。
そしてまた値段交渉が始まる。。

リ 「またこの道を帰らないといけないから、500IRs払え。」
三 「僕はもう410IRsしかないんだ、これが僕の全部のお金だ。」
リ 「じゃあ450IRsでいいから。」
三 「払ってあげたいけど、410IRsしか持ってないんだって!」

そんなことを話してるうちに、今さっき入れたタイヤの空気がもう無くなっていた。
囲まれた時にパンクさせられたようだ。

リ 「パンクしている!460IRs払え!」
三 「だから持ってないって言ってるだろう!」

お互いだんだんイライラしてきた。でも、まだ着かない。

・・・12時20分。
ようやく「SIMRA」とローマ字で書かれた看板を発見!
町に入り、栄えた通りに差し掛かってきたところで、
僕はリキシャを降ろしてもらうことにした。
この町の規模なら、もうバスターミナルまでは歩ける距離だろう。
バスターミナルで値段交渉で騒がれても困るし、
少しでも帰るのに近い所で別れた方がいいからだ。
僕の見せかけの全財産の410IRsを渡すと、
親父は少し悲しそうな顔をしていたけれど、
最後は「GOOD JOBだった!」と握手を交わし、親父と別れた。
今来た道を無事に帰れるかな、今日中に帰れるかな、
と思うと心許ないけれど、きっと今日の稼ぎは何日分かの稼ぎのはず。
今日は家族でおいしいものを食べておくれ。

大変やったけど、何とか無事に通り抜けられた!
もう12時半だ。でも、これなら今日中にカトマンドゥに着くことができそうだ。

しかし、まだもう一山待っているのでした・・・。
次回に続く。


Writer 三太郎


※定かな情報ではありませんが、このストライキは、
 4月に予定されている制憲議会選挙を妨害しようとするものか、
 政府の政策に対する抗議運動だと思われます。
2008.02.14 Thu l ネパール l コメント (0) l top
先にネパールに行ったちおりと合流するため、
独りインドのブッダガヤからネパールのカトマンドゥまで、国境越えです。

考えてみると、実は僕も、独りでの国境越えは生まれて初めて!
今まで一人旅はしてましたが、1ヶ月で1ヶ国とかの旅行で、
陸路で国境を越えたことがなかったんです。
でもまあ、この旅で散々国境を越えてきたから、大丈夫でしょう!

先に行ったちおりから情報をもらってたので、
バスの時間や値段、乗り継ぎ方法などもわかっていて、楽チン~♪
といっても、0泊3日、夜行バス2連泊の移動はきつい。

まずはブッダガヤからパトナーまでのバス移動。
瞑想仲間に見送られ、気分良く出発!
車窓から夕日が沈むのを見届け、
パトナーのバスターミナルに着いたのは夜7時、すでに真っ暗だ。

バスの出発は夜9時。
まだ時間があるので屋台でチャウメン(焼きそば)を頼むと、
人のよさそうなお客さんのおじさんが、綺麗な英語で、
「これは12ルピーだからね、それ以上は払わなくていいからね。」
と親切に教えてくれた!(もちろん正規価格)
いい人多いやん、インド人!

バスターミナルに到着すると、
まるでトラックの溜まり場のような雰囲気!
街灯のようなものは一切なく、真っ暗な中に、
デコトラのように輝くバスが100台以上、無造作に並んでる。
バスターミナルには英語表記はもちろん、ヒンディー語の案内板もなく、
そのバスにヒンディー語で書かれてた行き先だけが目印なので、
人に聞いていくしかない。
ここでもみんな親切に教えてくれるので、
問題なくラクソウル行きのバスに到着できた。
でも、よくこんなバスターミナルに独りで来たなーと、ちおりに感心。

国境の町、ラクソウルまでは、バスで7時間。
未舗装の悪路のため、バスは大きく揺れ、お尻が浮くほど跳ねる。
しかも振動で窓ガラスが開くので、むちゃくちゃ寒い!
でも瞑想を終えてきた僕には振動も寒さも気になりません!
いや、気になるけど、、瞑想の朝の寒さよりはましさ!

そんな環境の中で睡眠をとり、朝4時半に目的地に到着。
リキシャ(人力車)が客引きに来ていて、
「5時にイミグレが開くから、今からリキシャで行くとちょうどいいぞ」
と言ってくるが、まだ真っ暗なのでバスで仮眠をとることにする。
夜の移動は危険だからね。

目が覚めると、空が少し明るくなってた。もう6時過ぎだ。
リキシャに乗って、インドの国境へと向かってもらう。
そして、悪名高きインドのイミグレーションへ。
といっても民家のような小さなオフィスです。

そして、係官は、ちおりの時と同様、当然のようにお金を要求してきた。

係 「入国カードがないから、100ルピー払え。」(1Rs≒3円)
三 「ノー。」笑顔で返答。
係 「今日一番目に通るツーリストだ。だから100ルピーだ。」

よく分からん理由を付けられ、お金を請求される。
粘っていると、係官は50ルピーでいい、と値下げしてくれたが、
どうもタダでは通してくれない雰囲気だ。

三 「もう財布には30ルピーしかないから、これで我慢して。」
と係官の手に30ルピーをねじ込むが、
係 「他の場所にお金を隠してるんだろう。」
と図星に指摘される。。
でも、お願い、と笑顔でいると、渋々出国カードをくれた。ラッキー♪

それでも、書類を書いてる時も、
係 「君はエンジニアなのか、それなら100ルピー払え」とか、
係 「またインドに戻ってくるのか、それならデポジットとして200ルピー払え」
と、子供か、、と思うほどしつこくお金を要求してくる。

後はひたすら無視し、結局30ルピーで無事出国スタンプをもらえました!
これでちおりの仇は返せたかな?

これで、無事インド出国ー!
幸先のいい1日目の国境越えで、これならいけそう!?
ネパールは人がいいって言うしね♪

しかし、2日目に不運が待ってるのでした・・・。
次回へ続く。


Writer 三太郎
2008.02.13 Wed l インド l コメント (0) l top
ヴィパッサナー瞑想とは、
約2500年前にブッダが再発見した瞑想法で、
苦悩をなくすためにはどうすればいいかを追求した末に、
悟りを開き、真理とは何かを発見した瞑想法です。
その瞑想法が、25世紀経った今まで語り継がれ、
今世界中に広まりつつあります。

前から受けたいと思っていた、このヴィパッサナー瞑想。
ブッダが悟りを開いたブッダガヤで、ついに修行する日が実現しました!

※瞑想体験記を書くと、すごい量になるので、
 ここでは簡単な紹介と、感想だけに留めておきます。
 また別途、瞑想体験記を書きたいと思います。


ヴィパッサナー瞑想は、10日間のコースで、
その間は誰ともしゃべれず、読み書きもできず、
音楽も聴けないという状況下で、
ひたすら自分と向き合って修行します。
毎日朝4時起床、夜9時半就寝で、瞑想時間は1日9時間!
さすがにこれは辛かった。。
膝が砕けるのではないかと思いました。
そして、いろんな過去の悩みが浮かび出て、しんどい時もありました。
でも、それを乗り越えて、10日間の瞑想修行が終わった時、
最高の体験をすることができました!

僕が得られた効果はこんな感じです。

・気持ちが和らいだ。イラッとすることが少なくなった。何でも許せるようになった。
・いろんなことに感謝できるようになった。愛を持てるようになった。
・細かな感覚や事象に気付くようになった。
・心と体がすっきりした。集中力がついた。(毎朝晩瞑想することで、今も持続中)
・過去のいろんな嫌だった思い出も、受け入れられるようになった。
・ブッダが見つけた真理とは、神とは何かがわかった。

もちろん人それぞれ効果が違うから、
他の人が受けたらどういう風に感じるかは分かりません。
何も起こらなかった人もいるし、もっと素敵な体験をした人もいます。
でも、一緒に受けた人は、みんな良かった!と言ってました。

↓ブッダガヤ瞑想センターの風景。奥の建物が宿泊棟。
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↓パゴダと呼ばれる、瞑想用個室の建物。
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↓コース終了後、宿泊ルームにて瞑想仲間と。みんな笑顔!
080211c.jpg


この瞑想法、実は京都(丹波町)でも受講できます!
(千葉にもセンターを建設中。近々オープン予定!)
HPはこちら↓
日本ヴィパッサナー協会

毎月のようにコース開講してますので、一度受けてみては!?
僕は皆さんにオススメします!
10日間の拘束、と考えると長いですが、
長い人生での10日間は、決して長くないですよ!

ちなみに、これからも修行を続けていい一生を送ると、
解脱して涅槃(ねはん)に入ることができるそうです。^^
これからも瞑想を続けて、幸せないい人生を送りたいですねー♪

※ヴィパッサナー瞑想に関連したオススメの本↓
 『希望のしくみ』 養老孟司・アルボムッレ・スマナサーラ氏の対談本


しかし、この瞑想中にちおりが大変なことになっているとは・・・。


Writer 三太郎
2008.02.11 Mon l インド l コメント (0) l top
どうも、一人になってから、星回りが悪い。


カトマンドゥに到着した朝は、もうへろへろ、
疲れきって、足元もおぼつかない状態。

確かに、2日ほど前から吐き気もしたし、熱っぽくて、下痢気味だったけど、
ここ4日ほど、食事らしい食事をしていなかったのもあり、
疲れているだけだと思っていたんですが。

甘かった…。


寝ても、疲れが取れず、いや、吐き気、腹痛、は酷くなり、
下痢はいわゆる、『米のとぎ汁のような』ものが出て、
いや、これは本格的にやばいかも、と本気で焦り、熱を測ると40度


これは、明らかにコレラ。
ほっとくと、死ぬこともあるはず。



やばいやばいと、宿の人にお願いして、
すぐ近くの薬局併設の診療所に連れて行ってもらう。
待っているのも辛く、椅子に横になる。

検査をされて、薬を貰ったときには、
もう歩けないほどになっていた。

お腹が、胃の辺りが、差し込むように痛い。
歩けない。
気がつくと、ポロポロ泣いてた。


支えられながら、何とか宿にたどり着いて、
ベッドに倒れこむ。

幸い、宿の男の子が親切で、
水を買ってきてくれたり世話を焼いてくれたので助かった。

結局、そのまま、痛みと熱にうなされながらも、
何とか朝を迎えました。


朝になると、かなり楽になってたから良かったけれど、
いや、病気であれだけ苦しいのは、子供の頃以来やわ。
一人でいるときに病気になると、本当不安やし、辛いですな。

このコレラも、インドで貰ったんよねー。
いやー、インド、いつまで私を祟るのか。



Writer ちおり

2008.02.07 Thu l ネパール l コメント (6) l top
さて、先ほど国境で出会った、50過ぎぐらいのおっさんオーストラリア人、
ピーターなる人物と、一緒にカトマンドゥに行くことになり、
ネパール側の国境の町、ビールガンジへとやってきました。

適当な旅行会社でバスのチケットを手配しようとするも、
どうも今はテロリストのせいで、道が閉鎖され、バスが通れないらしい。
インドのバスで知り合ったおじさんが、しきりに繰り返してた
テロリスト、ってこの事だったよう。

ピーター曰く、
「どうも本当に道路閉鎖されているらしい。平常時ならバスがあっても、無いと嘘をついて、
 併設の宿に無理やり泊まらそうとするんだけどね。今は本当にバスが無いから、
 宿もいっぱいらしい。バスも、運がよければ今夜あるかもしれない。」

そうですか、なら仕方ない。とりあえずバスの予約をし、旅行会社併設の宿で仮眠を取り、
バスが来たら起こしてもらうようお願いをする。

「部屋は二つの方がいいよね?」とピーターが言うので、「もちろん!」と言うが、
どうも、今は混んでいて、部屋ひとつ用意するのも難しいらしい。

仕方なく、二人で部屋をシェアすることになった。
まぁ、ピーターはおっさんだし、人も良さそうだし、大丈夫だろうと。
夜までだし、もし泊まることになったら、部屋をもうひとつ無理にでも
用意してもらおう、というつもりでいた。


しかしこのピーター、仲良くなるにつれ、えらく馴れ馴れしくなってきた

最初は気にならない程度だったボディタッチが、だんだんと頻度を増し、
顔の距離が縮まってきて、私が顔を背けないとくっついてしまうんじゃなかろうか、という状態。


こりゃやばいなー、、と思っているときに、幸運にもバスが到着!!
やったーー!とりあえず、夜はバスの中だーー!!まだ、安全だーー!!!

と思ったんですが。
ピーターは、マイカップにウィスキーのコーラ割を作り、バスの中でガバガバ飲み始めた。


もちろん、あっという間に目は空ろになり、行動言動怪しくなり、
私との距離を酔いに任せて縮めようとしてくる。

私が不快感を露にしているのに気づかないのか、気づかない振りをしているのか、
肩を抱こうとしてみたり、自分の肩に私をもたれさそうとしてみたり、
しまいには、私のブランケットの下から手を入れてきて、手を握ろうとする。


もちろん、ワタシ ブチギレ
「NO----!!!!!」
ばっしーーんっ、と手を叩いて、ピーターの膝の上に手を放り投げてやる。


結局、私がなびかないと分かると、大いびきをかいて寝だした。
しかも、私の席を奪って。
いやはや。私が金出して買った席やぞコラ。ボケ。

仕方なく、私は荷物がひしめいて、足の踏み場も無い通路の、
自分のバックパックの上で小さくなってましたよ。

おっさん、20年もネパールに通って瞑想をしてたわりには、
全然、煩悩が減ってないぞーーー!!
味噌汁で顔洗って、修行しなおしてこい、ばかやろーーー!!!!


(追記)
このネパール国境からカトマンドゥ行きのバス、おっさんに気を取られすぎて、
あまり気にならなかったけれど、途中、投石で窓ガラス割られるし、ガソリン無くなって
立ち往生するし、乗客が多すぎてドアからはみ出してるし、はみ出した乗客が落ちても
無視して走り去るし
、あまり良くなかったです。ネパールに越えるときには、大人しく
バラナシから越えるのが良いんじゃないでしょうか…。



Writer ちおり

2008.02.06 Wed l ネパール l コメント (0) l top
朝4時にラクソウル到着。
日が昇るまでバスの中で仮睡眠を取って、6時に国境に向かう。
バスの他の乗客に尋ねると、国境までは遠いから、リキシャを使った方が良いとの事。

リキシャのおっさんが20Rで行くといい、もう交渉もめんどくさかったので、
そのままOKし、イミグレへ。

で、問題はこのイミグレ。

パスポートを出すと、いぶかしそうにビザのページを見て、
「ジャイプールから入ったの?入国カードは受け取ってないの?」と言う。
確かに、入国カードは書いたけど、回収されて、受け取ってない。
「貰ってない」というと、「プロブレムだ」と言う。

「君は罰金を払って、このカードに記入をしなくてはならない。100RSだ。」

ええーー!?そんなんおかしくない!?入管のミスでしょ!?と言うが、首を横に振るだけ。
仕方なく、100RS払う。まぁ、300円やし…。と自分を納得させる。


がっくりしながら、ネパールへ。
そこは問題なく、通過。

で、そのイミグレで待ってるときに、でーっかい西洋人のおっさんが入ってきた。
さっき、インド側のイミグレでも見かけたなぁ、と思っていると、
ひとしきりの自己紹介の後に、
「君はさっき100RSインドで払ってたけど、あれはワイロだよ」と言われた。

ナニーー!!!??な、なんと…、あんな巧妙に騙すの!??

「あそこで渋い顔をしたら、彼はディスカウントしてくれたはずだよ」だとさ。
はぁー…。もう、インド、最悪やー。大嫌いやー。インド人は腐っとる。


このおっさん、名をピーターといい、年のころは50過ぎに見える。
インド、ネパールには20年前から通っているという、ベテランらしい。


で、私はこのおっさんを信用して、
一緒にカトマンドゥに行くことにしたんだけれど…。
これが、問題あり、だったんですね。。。

いやぁ、一人旅って、ほんと、タイヘン、、
次回へ続く。



Writer ちおり

2008.02.05 Tue l ネパール l コメント (0) l top
ブッダガヤからネパールのカトマンドゥへ。
ガイドブックには、『昔からよく知られたルート』と書いてあるものの、
このルートで抜ける人の話はほとんど聞かない。
なので、情報も少ない。

ブッダガヤからパトナー、国境のラクソウルまで行けばいいのは分かっているが、
パトナーからラクソウルまでのバスが何時にあるのか分からない。

出発前に、数人のインド人に、
「パトナーからラクソウルって町まで、何時にバスがあるか知ってる?」と聞いたものの、
数人が「いつもある」と言い、一人が、「夜9時にアル」といい、
一人が、「12時と夜中の2時にアール」とう、大変スバラシキ回答が返ってきた。

まあ、何時にバスがあろうと、結局遅れるのだろうと、何とかなるさと出発。

朝7時のバスで、ブッダガヤを出発。
3時間で着く予定が、まぁインディアンタイムなので当然、昼12時パトナー着。

ラクソウル行きのバスが何時にあるのか聞くと、
「もう朝の便は10時に出た。夜9時のしかない。」と言う。
仕方ないので、バスを予約し、近くの宿で、夜9時になるのを待つ。


夜になり、バス停に行ってみると、ツーリストは私一人。
もうちょっと、いるかと思ったんだけど…。
ぽっつーんと、現地人の中に取り残されたように佇む私。

ふ、不安。。。

周りのインド人は、じーろじろ(まぁいつものことなんだけど)、
穴の開くほど見てくるし。一人でこの視線に耐えるのは、つ、辛い。。

しかしながら、こちらから微笑みかけると、向こうもはにかみながら笑い返してくれるので、
敵意があるわけではないのですよね。珍しいだけで。

で、バスの中で仲良くなったおっさんが、たどたどしい英語で
「一人でネパール、行くか?」「今 アブナイよ」「テロリスト」と言う。

て、テロリストですか…。
確かに、ネパールでは多いと聞いてたけど、
今のタイミングでやらなくてもいいじゃないですか。

ふ、不安。。。

無事国境越えれるんやろうか…。



Writer ちおり

2008.02.04 Mon l インド l コメント (0) l top
やられました。
いや、おそらく、やられました。

今からインドのブッダガヤに行こうと思っている人がいれば、
そして、その方が女性であれば、しかも一人旅なれば、
ラク●ュミーゲストハウスは、避けた方が良いでしょう。

私の泊まってた部屋は、シングルの、廊下の途中から分岐した、狭い通路の突き当たり。
いかにも、誰もこなさそうな、覗きに最適な部屋。
この部屋の、ドアについている、来訪者を確認するための覗き穴。
そこにはめ込まれてるレンズが、内外、逆についてたんです。

どういう意味かと言うと、
元来、来訪者が誰かを確認するために、部屋から廊下を覗くためのレンズ。
外の廊下側からは、部屋の中がどうなっているのか見えなくなっていて、
部屋側だけから確認できるためのレンズ。これが、外側から覗けるようについてた。


つまり、廊下から、部屋の内部をそっくり覗けるようになってたと。


しかも、部屋の鍵が、内側からぽちっとドアについてるでっぱりを押して、
ノブを固定し、そのまま閉めるタイプの鍵。
これ、ちょっと細工をしたら、簡単に開くのよね。


昼間に覗かれて、部屋にいないときを見計らって物を盗られるだけならまだしも、
夜中に寝てるところを開けられて犯されたら、と思うと…。


ブッダガヤが、結構気に入ってきてたので長居しようかと思ってたけど、
もう、インドが嫌になりました。
明日、ネパールへ移動します。
ファーック、インディア!!!



Writer ちおり

2008.02.03 Sun l インド l コメント (0) l top
三太郎が、昨日からビパッサーナ瞑想を始めたので、
これから2週間ほどは一人旅。
というか、三太郎と、2週間以上顔を合わさないのは、
実は付き合い始めてから、初のこと。
いやー、びっくり。

そして、これまた恥ずかしながら、私は一人旅は初めて
だから、右も左もわからない。

「2年も旅行しとって、今更何を言うとんねん!」と思われるでしょうが、
いやぁ、勝手が違う、ほんま。

町を歩いて、声を掛けられる回数が、ぐっと増える。
インド人にも、そして外人にも。
そして、腹が立つことも、ぐっと増える。

二人だと、軽くあしらったり、
何じゃあいつと、お互い言い合ってうさを晴らせるけど、
一人だと、悶々とイライラを抱えるしかない。

二人だと、一人が荷物の見張り番、一方ががチケット買い役、と分担したりできるし。
食事のときも、一人だと寂しいし。
まぁ、その分、他の人と出会う機会も増えるんやけどね。

まだ一人旅に慣れませんが、初日だしね。
ゆっくり慣れて行きましょう。


Writer ちおり

2008.02.02 Sat l インド l コメント (0) l top
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