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イスラム教・シーア派の聖地、マシュハド。
その中心にあるのがハラムと呼ばれるエマーム・レザー廟で、
ここを目指して遠くから巡礼に訪れます。

ハラムは24時間営業で、夜の方が
ライトアップされて綺麗ということで、夜に行ってみました。

しかーし!ちおりはチャドルという黒い布を
着けてないという理由で入場拒否。。
黒い布を買ったのに、これはチャドルではない、と言われる。。
そんなんどうでもいいやんけ!
と思いながらも、宗教絡みの施設なので諦め、
僕ひとりで内部に侵入してきました!
(写真撮影不可なので内部の写真はありません)

それにしても、イランは男尊女卑、というか、女性に対しての制限が厳しく、
女性にとっては大変旅しにくいように思います。。


たくさんのモスクが並ぶ中を人の流れに乗って歩くと、
黄金の屋根と扉のエマーム・レザー廟に到着。
その前でたくさんの人々が絨毯に座り込み、お祈りしてます。
そして男性用入り口で靴を預けて中に入ると、、、

なんじゃこりゃーーーー!!!!

灯りはシャンデリア、モスク内部の装飾はすべて鏡でできていて、
光が反射し、キンキラキンに輝いてる!!
一般のモスクのような、お祈り場といった静かな雰囲気はまるでなく、
みんなでコーランを合唱してるし、
少しでも廟に触れようとみんな必死に手を伸ばす!
その雰囲気に思わず鳥肌が立っちゃいました。。
女性の黒ずくめの衣装もまた異様な雰囲気を醸し出してます。


そんな宗教の熱い思いと、建築としてのハラムの美しさに感動。。
1年9ヶ月ほど旅して感動が薄くなってるにも関わらず、
イラン初日にして衝撃を受けました。
イラン、おもしろいです。。

↓マシュハドのメイン通りから見たハラム。
 金色や青いモスクがたくさんあって、超巨大です。
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Writer 三太郎
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2007.10.20 Sat l イラン l コメント (0) l top
イランというと、アメリカ曰く『悪の枢軸国』。
アメリカの腰ぎんちゃくである、日本に住む私からすると、
イランと言うと、そんな恐ろしいイメージが最初に浮かびます。

ウズベキスタンでイランビザを取った時からかなり手間が掛かり、
たった7日間のトランジットビザなのに、ビザ代が71ドル!
申請時には、入国についての詳細なインタビューがあったりと、
「入国しにくい、旅行者をあまり歓迎してくれない国」
というイメージが、入国前からがっちりできあがってしまった。
しかもちょうど、イランの東、バムという町で
日本人男子学生が誘拐されてしまい、かなりドキドキの入国に。

大丈夫かな、誘拐されないかな、安全かな、と、
ビクビクしながら国境を越え、タクシー、バスを乗り継ぎ、
マシュハドと言う町を目指しました。

ビクビクしながらバスに乗ると、
黒づくめの女性が、親しげに話しかけてくれました。
「どこまでいくの?ツーリストなの??どこからきたの??」
初め、イスラムの女性はあまり話しかけてこない、と聞いていたので、びっくり。
しかも、相手の女性は、すらすらと美しい英語で質問してきます。
バスの値段や、町への行き方など、親切に教えてくれて、最後別れ際に、
「イランへようこそ!楽しんでね。」と一言。

うわー、こんないい人もいるんやー、と感動していると、
その人が去った後に、今度はおじさんが近づいてきて、
「どこにいくんだ、どこからきたんだ、イランは初めてか」
と、また質問ぜめ。
何か売りつけられるのかと身構えていると、一通り喋った後、
「イランへよく来た!!ありがとう!」と、一言残し、去っていきました。

な、なんだこの人の良さは??
イメージと違うー。

おじさんが去った後も、道がわからず地図を見ていると、
何処からとも無く人が沸いて出て、
「どうしたどうした」
「どこへ行くんだ」
「そして、お前はどこから来たんだ」
と、ワラワラと人が集まり、あーだこーだと話をした挙句、
「いい旅行を!」と、去っていく。
道を親切に教えてくれる人もいるし(大概、教えてくれる道は間違ってるんだけど)
わざわざ、連れてってくれる人もいる。
ボーッと立ってると、いきなり「これ食べなさい!」とお菓子をくれたり。
なんて、親切な人たち!!!

めちゃめちゃ人懐こくて、物凄く親切。
いい意味で、物凄く裏切られました。
いやー、すばらしきかなイラン!

ただ、その素敵なイランなんだけど、ひとつだけ、不満な点が。
イランでは、旅行者であっても、女性は布で頭を隠さなくてはいけないんです。
イスラム教が国教になってる、イランなので、まぁ、仕方ないんですが、
これが、実は大変。

↓めちゃめちゃ、似合ってません。
071019a.jpg


もう、はっきりいって、この黒い布をいかにうまく被るか、
そして、被ったものをずり落ちてこないように、いかにうまく維持するかに
体力と気力を費やし、ヘトヘト。。
みんな、よくこんな面倒くさいことを毎日やってるなー。

↓女性たちは、真っ黒の布で体を覆っています。
071019b.jpg


敬虔なイスラム教徒になると、目も出さず、手にも手袋。
真っ黒の袋が、モサモサと歩いている感じ。
いやー、宗教の力は、この面倒くささを超越できるほどなんですね。
すごいわー。


Writer ちおり
2007.10.19 Fri l イラン l コメント (0) l top
トルクメニスタンは、観光ビザで入国すると、
北朝鮮のように監視役兼ガイドが必ず付いて、
観光場所や写真撮影、宿泊先も制限されます。
(もちろんその分高くつく)

でも、僕達が取得した5日間のトランジットビザだと、
ガイドは無し、写真撮影も警察官に止められなければ自由、と、
ほぼフリー観光が可能なんです!
そして、民泊もできるので、
またまた民家に泊めさせてもらいましたー!(有料)

泊めていただいたのは、ドラーノフさん邸。
旦那さんがトルクメン人、奥さんがアルメニア人という、国際結婚ご夫婦。
さらに子供たちが8人いて、
何人かの息子家族も同じ家に同居してるので、まさに大家族!
いつも十数人の家族が出入りしてます。。

到着するなり、居間の絨毯に座らせてもらい、
お茶とご飯をごちそうになる。
キッチンのコンロは、温めるものがなくても常に火をつけっ放し。
お風呂のホットシャワーも常に流しっ放し。
一度止めると、再び火をつけるのが難しいからだとか。
ガスと水道が無料だからできることですが、
なんて資源の無駄遣いな・・・。
各家庭がやってると思うと、恐ろしい。。

そんなお家に3泊させてもらったのですが、
最終日は娘さんの21歳の誕生日。
21歳といっても、既婚で子持ちの立派なお母さんです。

家は誕生日の子の旦那さんのご家族も来て、大宴会!
女性は綺麗な民族衣装を着、男性はウォッカで乾杯、
雑談したり、兄弟の結婚式のビデオを見たり。
最後はやっぱり踊りまくる!

↓家族揃って記念撮影。
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↓今日の誕生日の主役の奥さんと、旦那さん。
 綺麗なドレスはトルクメニスタンの民族衣装です。
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↓ご夫婦の赤ちゃん。むっちゃ可愛い!!
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↓ラブラブなお父さんとお母さん。
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↓誕生日といえばやっぱりケーキ!
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↓踊りを披露する奥さん。踊りもむっちゃ上手です。
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↓みんな踊る踊る!
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そして次の日は、朝早いのに
国境までわざわざ車で送って頂いたのでした。


「中央アジアの北朝鮮」ことトルクメニスタン。
この国の人々は活き活きしていて本当に親切で、
5日間だけやったけどむっちゃ楽しかった!

そして、ただの旅行者なのに、
こんな家族のイベントに参加させていただいたり、
車で送っていただいたりと、
ドラーノフさんご一家、本当にありがとうございました!


Writer 三太郎
2007.10.16 Tue l トルクメニスタン l コメント (0) l top
題名で、びっくりしました??
ほんまに北朝鮮には行ってないです。当たり前っすね。すいません。

行ってきましたのは、
中央アジアの北朝鮮と呼ばれる、トルクメニスタン


ここは、ニヤゾフ大統領の、国
そう言っても、過言ではない国。
はっきし言って、独裁。

彼の気が向くままに政治を行うので、
いきなり、ガスの使用料をタダにしたかと思ったら、
年金を廃止してみたり、
自分の書いた本を、全ての教育機関の正課のひとつにしてみたり。
町の道路の名前を、ぜーんぶ数字の羅列に変更してみたり、
自分の家族の名前に換えてみたり。
首都を必要以上に綺麗にしようと、
ぽこぽこホテルを建ててみたり。
でも、地方都市は…。。

↓おかげで、首都のアシュガバードだけは綺麗です。
 でも、人通りがないぞ。
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↓ワールドトレードコンプレックスも、がらがら。
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↓高級ホテルが乱立していて、夜になるとライトアップされますが、
 はっきり言って、部屋の電気がついているところは殆ど無し。
 稼働率何パーセント?? (なのに、まだ作ってる。。。)
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↓こちら、彼の書いた本、ルーフナーマ、のモニュメント。
 独立記念日には、この本が開いて、映像と音声が流れてくるらしい。
 ちなみに、このルーフナーマ、なぜか日本語版も出てます。
 買っちゃいました。
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↓こちら、黄金のニヤゾフの像。
 いつも、太陽の方向を向くようになっているらしい。
 展望台にもなってます。
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↓世界最大の噴水、らしい。
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↓ニヤゾフさんの黄金像、と、それを守る衛兵。ご苦労様です。
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↓独立記念塔。こういうモニュメントが大好きらしい。
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とまぁ、やりたい放題。
でも国民には、結構人気があった様子。

何しろ、公共料金(ガス・水道)が、タダ。
(そのせいで、各家庭ではガスつけっぱなし、水も出しっぱなし、なんだよねー)
電気も、一定料金までは、タダ。
交通機関も、あってないような値段で、
バスに1回乗っても、0.25円。

公共料金がほぼタダなので、生活しやすいのか?
物乞いも、1回も見てません。
治安もとても良いし。


しかしそんなニヤゾフさんも、残念ながら人の子だったようで、
昨年、66歳の若さで亡くなられました。
勝手に終身大統領を宣言していたんですが、
まさにその通りになられたわけです。

次期大統領も案外すみやかに選ばれ、
トルクメニスタンも、普通の国になるのかと思いきや…。

町中、新大統領の写真で溢れ、
本屋には彼のブロマイドが並んでおります。



うーん、変わらんなー。

↓ニヤゾフさんの生まれ故郷に建てられた、超巨大、黄金モスク。
 このモスクは、2万人が収容できるというらしいが、
 内部には人っ子一人いませんでした。
 サマルカンドのモスクより、断然でっかく、圧倒されます…。
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↓そのモスクの隣にある、彼の眠る廟。
 彼の周りには、地震と戦争で亡くなった、彼の家族も眠っていました。
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Writer ちおり
2007.10.15 Mon l トルクメニスタン l コメント (1) トラックバック (0) l top
散歩から宿の部屋に帰ってくると、
そこには6人のおじいさんとおばあさんが
ロウソクを囲んでパーティーをしている・・・。

ヒェ~!

こんな怪談話(?)のようなことが、実際に起こったのです・・・。
まあ、全然怖くはないんですが。

事の発端は、普段ガラガラのはずの町唯一のホテルが
中国企業によって独占されてて泊まれなかったので、
近所のお家の客間に泊めさせてもらってたんです。

そして、今日はラマダーン最終日。
近所のおじいさん、おばあさんが
ラマダーン明けを祝うパーティーをこの家で開き、
偶然にも停電しているタイミングで僕が帰ってきたというわけ。
なんだそりゃ~


ラマダーンは、イスラム教の断食で、
1ヶ月間、日中は水以外の飲食を断つというもの。
飢餓に苦しむ人たちの気持ちを
少しでもわかろうとするためだそうです。

中央アジアの国々はソフトなイスラム教で、
ラマダーン中も普通にレストランも開いてるし、
お酒を飲んだりタバコを吸ったりもしてます。
なのにラマダーン明けのお祭りだけはきっちりするという、
なかなか素敵な国です。


結局、僕はおじいさんおばあさんに混ざって
みっちり3時間、パーティーに参加したのでした。

この町の繁栄から、アラル海が後退していき、
町が廃れていく様を見てきたおじいさん達。
どんな気持ちでアラル海を見てきたんだろう。
そんな話も聞いてみたかったけど、
残念ながら言葉がまったく分かりません。。

苦労や辛い思いもたくさんしたはず。
でも、おじいさん達は、この集まりをただ楽しんでるように感じられた。
おじいさん達のイスラムのお祈りを見ていると、
すべて「アッラーのみぞ知る」ことだと思っているのかも、、
と思ったのでした。

↓僕の部屋でパーティーをしていたおじいさん達。
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Writer 三太郎
2007.10.12 Fri l ウズベキスタン l コメント (0) トラックバック (0) l top
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崖の上に立つと、目の前に大きな砂漠が広がっている。
ここは、かつて港町だった、モイナック。
そして、以前はここに大きな海が広がっていたのです。


ウズベキスタン(カラ・カルパクスタン)と
カザフスタンにまたがる塩湖、アラル海。
かつて世界で4番目に大きい湖で、
アラル海最大の港町だったモイナックも、
漁業と缶詰加工で賑わっていました。

しかし、1960年代頃からソ連による農地改革により、
アラル海に流れ込む川から灌漑用水を取水し、
アラル海に流れ込む水量は激減。
その結果、アラル海はみるみる縮小し、
海岸線はモイナックの町から200km近く離れてしまう。
さらに塩分濃度が上昇し、アラル海に棲む魚は姿を消した。

モイナックの町は海から取り残され、約1万人が職を失いました。
さらに、乾燥した地表の塩が化学肥料と混ざって風に運ばれ、
農作物は育たなくなり、アラル海周辺に住む人々は
寿命が短くなり、乳児死亡率が増えています。


崖を下りてかつての海底を歩くと、
砂漠の中にところどころに草が生えている。
地表には塩で白くなってるところがあったり、
貝殻が落ちていたりして、本当にここが海だったことがわかる。

↓地表に浮いた塩。
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↓海底に咲く花と、その周りに落ちているたくさんの貝殻。
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↓わずかに残る水と、その周りに咲く赤い花。
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そして、急に目の前に現れた、船の残骸。
さびついてボロボロになって横たわっている様子は、
まるで船の墓場のよう。
漁師達は、一体どんな思いで
船が打ち上がっていくのを見ていたのだろう。

↓船の残骸。
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↓霧に包まれたかつての海底は、船の墓場のよう。
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モイナックの町にあった缶詰工場は廃墟となり、
窓ガラスが割られて近づき難い雰囲気を醸し出している。
窓に近づくと、十数年前に潰れたはずなのに、
いまだに魚のすり身の臭いがしてくる。

↓工場の廃墟。
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↓内部には缶詰を作っていたベルトコンベアが残っている。
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↓かつての賑わいを思い出させる看板も、今はどこか寂しい。
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現在モイナックの町に残る住民は、わずか2千人ほど。
それでも、生まれた土地を離れられない人は、
ここで元気に暮らしている。

↓無邪気に遊ぶ子供達。
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↓民家に泊めてくれたご兄妹。
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この町を見ていると、環境問題についていろいろと考えさせられる。
大自然の破壊と、廃れゆく町。
自然を好き勝手に使った人間への、地球の仕返し?
それとも、このまま好き勝手に使った行く先の、警告??

アラル海は、30年後には消滅してしまうと言われています。
一方で、海面上昇により沈んでいく島があります。
大洪水が頻発して飢餓や病気で苦しむ地域もあれば、
砂漠化で不毛の土地が急速に増えている地域もあります。

日本にいれば、そんなに感じない環境破壊。
でも、実際に環境を大きく破壊している原因を作っているのは、
日本を含む先進国が中心であるのも事実。
自分がやったことではないかもしれないけれど、
自分達で何かできることも、多いはず。
もう遅いかもしれないけれど、
今からやれば何とかなることも、多いはず。
小さなことの積み重ねが大きな変化になると思います。
地球や自然と人間が仲良く共存していけたらいいな、と思ったのでした。

↓アラル海から昇る朝日のように、日はまた昇ります!
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Writer 三太郎
2007.10.11 Thu l ウズベキスタン l コメント (0) トラックバック (0) l top
移動に疲れたちおりを置いて、ひとりアラル海へ!
1年10ヶ月目にして、この旅初めての一人旅です。

ウズベキスタンの西部には
「カラ・カルパクスタン自治共和国」という、
カラ・カルパック人が多く住む国(ウズベキスタン領)があります。

カラ・カルパック人は、モンゴロイドの血が強く、
見た目はモンゴル人か日本人のよう。
とても気さくな人たちで、「どこから来たの?」と話しかけてくるし、
市場のおばちゃんも「写真を撮ってよ」と笑顔を向けてくれる。
僕が日本人だとわかると、
「ナカタ!」とか「イナモト!」と叫んでくる。
「ブルースリー」やら「ジャッキーチェン」と言わない君たち、
日本のことをよくわかってるね~

↓食堂でプロフをよそう店員と、それを待つお客さん。
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↓ナッツ売りのおじさん。
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↓野菜売りのお母さんも、笑顔が可愛い!
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↓金歯の果物売りのお母さん。
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↓おじさんみんなで、「写真を撮ってよ!」
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彼らは、自分達がカラ・カルパック人であることに誇りを持っている。
「カラ・カルパクスタンによく来た!」なんて感じにね。

日本では「愛国心」という言葉が悪いようにとられることがあるけれど、
自分の国を愛し、誇りに思う、素敵な愛国心を彼らは持っている。
小さな国だからこそ、「国」が身近に感じるのかもしれないですね。

自分の国を愛し、みんなと同じ気持ちを共有できるのっていいなーと思う。
旅に出ると、自分が日本人であることをいつも自覚するし、
僕は旅に出て日本という国がますます好きになった。
日本国、万歳!です。


Writer 三太郎
2007.10.10 Wed l ウズベキスタン l コメント (0) トラックバック (0) l top
町全体が、博物館。
そう形容される、城壁の町、ヒヴァ。

ここは、古来からのオアシスの町並みが、
そっくりそのまま、城壁の中に残っています。

町全てが、茶色いレンガで出来ていて、
歩いていると、本当にアラビアンナイトの物語の中に
入り込んでしまったような錯覚に襲われます。

↓入り口付近。奥に見える青い円柱は、未完成のミナレット(塔)。
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↓町のあちらこちらに、モスクやミナレット、マドラサ(神学校)があります。
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本当に小さな町で、
ゆっくりと散歩していても、
1、2時間もあれば、充分見れるような規模。

毎日、ただひたすら散歩して、高台に登って町を眺めて、
ぼーっとしているだけで、とても楽しく、気持ちが良い町。

↓町のモスクでは、毎日結婚式が行われていました。
 男性の、帽子がかわいらしい。
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そして、この町が、一番素敵に輝く時間は、
まさに夕暮れ。
町全体が、夕日に照らされて、赤く染まるんです。↓
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人通りがだんだんと少なくなり、
ゆっくりと日が落ちるにつれ、
町は赤さを増し、そして、ゆっくりゆっくりと、夕闇に沈んでいく。

すっぽりと夜に包まれる前に、
ちらほらと、明かりがつき始める。
その瞬間が、なんとも言えず、風情があり、私はとても好き。


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もうすっかり日も沈んで、暗くなった夜道をとぼとぼ歩くと、
この石畳が、中世の町まで続いているような、
そんな錯覚を起こさせるのでした。


Writer ちおり
2007.10.09 Tue l ウズベキスタン l コメント (0) トラックバック (0) l top
ブハラの町から、ウルゲンチへ移動する日。
マルシュルートカという、乗り合いバスを使って、
1日がかりで移動することになりました。

↓こちら、乗ってたマルシュルートカ。
 1台に、おおよそ12人乗客が乗ります。
 プレートには、上段に出発地の「ブハラ」、
 下段に目的地「ウルゲンチ」と書いてあります。
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そのマルシュルートカの中。
小さい友人が出来ました。

↓彼女(左)と、彼女のおばあちゃん(右)
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彼女が車に酔いやすいので、席を換わってくれと言われ、
変わってあげたのがきっかけ。

とにかく無邪気で、人懐こくて、言葉も通じないんだけど、
何かと私に寄ってきて、手をつないだり、抱きついたり、
もうべったり。えらく懐いてくれたんですね。

で、おばあちゃんも、肝っ玉かーちゃん!という雰囲気の方で、
お昼ごはんにも同席させてもらい、お菓子も貰い、
いろいろ世話を焼いていただいたんです。

それで、そろそろ着くかな、というときに、おばあちゃんが、
「今日は、ウチの家に泊まっていきなさいよ!!」と、誘ってくれたんですねー。

嬉しいけど、おじゃまするのも悪いし、、と悩んでると、
彼女も、おばあちゃんも、そして一緒に乗ってた彼女たちの家族も一緒になって、
「泊まってけ~」と言ってくれたので、お言葉に甘えることに。


そして、連れて行ってもらったおうちは、
物凄い大家族!!!

どうも、おばあちゃんには男3人、女3人の子供がいて、
結婚した息子たちの家族と一緒に住んでいるので、合計4世帯。
で、各息子の家族には3人以上の子供が既にいるので、
家の中は、幼稚園の運動場状態。

家の中央には、広いスペースがあり、そのスペースを囲んで、
各家族が暮らす部屋があります。もちろん、台所、トイレは共同。

そのスペースでは、子供が大量に(なぜか、9人以上)、
わーわーぎゃーぎゃーと、楽しそうに駆け回ってます。
で、どの家族かわからないけれど、どこかの奥様が、その面倒を(たまに)見てる。


いやー、こういうのって、いいなー。
子供も、沢山で遊べたら楽しいし、人との付き合い方も勉強できるし。
お母さん方も、ずっと自分だけで面倒見なくていいから楽だし。

それに、家がにぎやか。

いつも話し声、笑い声、叫び声、ドタバタ走る足音や叱る声で溢れてて、
こう、人間が生活してる、って感じがして、私はちょっと感動しちゃいました。

私も、気の合う人と、こういう暮らし方ができたら、楽しいかも。
日本じゃ、1人っ子が普通になってきてるけど、
こういう家なら、兄弟のように育つことが出来るし。
いいなー。


食事は質素だけど、素朴で美味しかった!
自家製のナン(薄く焼いたパンのようなもの)と、
お茶、そして庭で取れた果物。
お客様だからと、奮発して、わざわざ飴を出してくれたり、
コンビーフを出してくれたり。本当、嬉しかった。

ゴハンの後は、お決まりのウォッカでカンパイ。
ウォッカはアルコール度数40度!
これを小さいグラスに注いで、カンパイして、一気飲み!!が、こちらの作法らしい。
一気飲みの後は、皆必死にスイカを食べてるのが可笑しい。

↓酔っ払って踊りだす息子A。と、それに連れ出される三太郎。
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↓子供も踊るぜー。
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翌日、おばあちゃんは、わざわざ私達をウルゲンチまで送ってくれて、
お土産に、飴と、今朝わざわざ焼いてくれたナンを持たせてくれた。
バス代も、宿代も、払うと言ってるのに、一切受け取ってくれなかった。

「ありがとうねー、ほんまに、ありがとう!!」
と、何度も何度も、お礼を言って、別れたけれど、
最後ちょっと泣きそうになった。


見ず知らずの、言葉も通じない旅行者に、
こんなに良くしてくれて…。
自分たちも決して豊かな生活ではないだろうに。

ほんまにありがとう、おばあちゃん!!
日本に帰ったら、手紙送るし、待っててなー!


Writer ちおり
2007.10.07 Sun l ウズベキスタン l コメント (1) トラックバック (0) l top
ウズベキスタンの産業を支えているのが、綿花栽培。
ウズベク語では「パフタ」と言って、今がまさに収穫シーズン!
至る所に綿花畑があり、白い綿花を咲かせてます。

↓綿花畑。
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↓真っ白な花を咲かせます。
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ウズベキスタンでは今でも手積みで収穫しています。
特に収穫時期は学校も休みになって、家族総出でパフタを収穫。
1kg収穫して換金しても、たったの5円!
それでもコツコツ貯めて、お母さんにプレゼントを贈るんだとか。

もともとはロシアの政策によって開拓された、綿花畑。
機械で大量生産する国が多い中で、
いまだに手作業で収穫している国は少ないと思うし、
そのせいで国も貧しいのだと思う。

それでもウズベク人を見ていると、
貧しい生活の中にも家族の温かさが感じられたのでした。

↓綿花の収穫風景。
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↓収穫され、山積みにされた綿花。
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↓生活に密着した綿花は、食器のデザインにもなってます。
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Writer 三太郎
2007.10.06 Sat l ウズベキスタン l コメント (0) トラックバック (0) l top
ブハラは、10~12世紀頃に造られた遺跡が多く、
それは、サマルカンドのような青いタイルを使わない、
干しレンガだけで造られた建造物ばかり。
でも、茶色一色の建造物もまた、すごいんです。

↓907年建造のイスマイル・サマーニー廟。
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↓装飾が細かい!
071005b.jpg

↓1127年に建造された、カラーン・ミナール。
071005c.jpg


干しレンガの積む角度を変えることで
デザインのバリエーションを作り出し、
時間と面の位置によって影のでき方が変化し、
模様が変わって見えるという、ペルシア建築の最高傑作。

色や彫刻、描画を一切使わない、
薄茶色い干しレンガだけの芸術に感動したのでした。


以下、その他、ブハラの写真です。

↓左:ミーリ・アラブのマドラサ(神学校)、
 中央の塔:カラーン・ミナール、右:カラーン・モスク。
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↓タークと呼ばれる、屋根付きバザール。
071005e.jpg

↓4つの小さなミナレットが可愛い、チャール・ミナール。
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↓アルク城。
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↓カラーン・モスクの屋上は、タコヤキ焼き器のよう。
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↓ブハラの夕陽。
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Writer 三太郎
2007.10.05 Fri l ウズベキスタン l コメント (0) トラックバック (0) l top
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