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ようやくシムラまで辿り着いたけど、リキシャでお金を使いすぎたため、
カトマンドゥまで行くバス代が足りない。
まずは両替、、と思って銀行か両替屋を探したけれど、
お店が全部閉まってる!!
もしかして、ストライキって道路封鎖だけじゃなく、お店まで閉めてしまうの!?
そして、何も銀行まで閉めなくても・・・。

とりあえず、ドルを換えてくれそうな所ということで、
ゲストハウスを探し歩き、悪いレートながら両替することができた。
そこでバスターミナルの場所を聞くと、
「この道を行った、すぐの所だよ」と教えてくれた。

「この道」を歩くと、なかなかバスターミナルらしいものは見つからない。
違う人に聞くと、5分くらい歩いたところだとか、1km先だとか、
相変わらず適当な数字が返ってくる。

その道を歩くこと5分くらい、道端にバスが2台並んでるのを見つけた。
「カトマンドゥ行き?」と聞くと、そうだ、という。
「何時に出るの?」と聞くと、
昼2時に出発、カトマンドゥには夜8時着だよ、と教えてくれた。
夜8時着。。思っていたよりも遅い。
国境の町・ビールガンジとカトマンドゥ間の距離は、約180km。
シムラからだと、わずか160kmくらいだ。
おそらく山を越えるからそれくらい時間がかかるのだろう。
あまり夜に着くのは好きではないけど、
何とか今日中には着くことができそうだ。

出発まであと1時間。バスが止まってる前の食堂で、
ダルバートというネパールのカレーセットを食べ、
子供達に本を見せたり、写真を撮ったりして時間を潰す。

↓食堂の娘さん。むっちゃ可愛い!
080215a.jpg


そして、ちょうど2時、バスが出発ー!
定時に出るなんてすげー!と思いながらも、でも何でバスはガラガラ!?
と思ったら、すぐ近くの道路に駐車して、運転手はどっかへ行った。。
??と思ってると、ぱらぱらと乗客が乗り始める。
・・・もしかして、乗り場を間違えた?次発のバスに乗ってしまった!?
うーん、でもまあ夜8時に着くのならいいか、、、。
夜行バス明けで疲れていたので仮眠をとる。
エンジンの揺れで目を覚ますと、バスはいつの間にか満員になっていた。
3時半。改めて出発ー!

↓こんなバスです。
080215b.jpg

↓一番左:バスの運転手と、助手さん(集金係とか)。
080215c.jpg


バスは道端で乗客を見つけては止まり、降りる人がいては止まった。
1時間走ると大きめの町に到着し、30分くらいの休憩タイムになった。
暇なので外に出て、屋台を冷やかしたり、運転手と話していたのだが、

運 「ここからカトマンドゥへは2つの道があるんだ。
   右側の道は、ショートウェイだけど危険なんだ。
   左側の道は、ぐるーっと周るロングウェイなんだ。」

僕は、ふーん、と何気なく聞いていた。
危険ってどんな危険が待ってるんだ?と思ったけど、
まあバスに乗ってたら大丈夫やろう、とぐらいにしか思わなかった。
しかし、休憩後、バスが走り出すと、
なんと「ロングウェイ」の道を走り始めるではないか!
ま、まさかね、、、。

それからバスは乗降のための停車を繰り返し、
1時間毎に休憩を取り、夜9時半にご飯休憩に入った。
明らかに夜8時着ではないし、まだまだカトマンドゥに着きそうにない。
もう一度運転手に何時に着くのか確認すると、
「朝の4時頃かな?」なんて呑気な返事が返ってきた。
あぁ、そうですか。。

結局、振動で窓が開くバスで寒い思いをし、揺られ、
カトマンドゥの真っ暗なバス停(道端)に到着したのは朝4時半でした。
またまた朝までバスで仮眠を取り、
ちおりがいる宿に到着したのは朝6時半です。

わずか160kmの距離を、14時間半、バスに乗りっぱなし。。
命懸けの国境越えは、一体何だったんだー!!
と叫びたくなりましたが、命あっての旅ですから。
この旅で一番思い出に残る国境越えになりました。


Writer 三太郎
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2008.02.15 Fri l ネパール l コメント (0) l top
無事にインドを出国し、ネパールに入国!
まずはネパール側のイミグレにて入国手続きです。
こちらの係官は人がよく、スムーズに手続きをしてくれる。
でも、今からカトマンズへ行く、と言うと、
「ストライキをやってるから昼間はバスが出てないよ」と言われる。
ちおりの時もそうやったけど、まだストライキをやってるのか。。
どうすればカトマンドゥへ行けるか尋ねると、
夜のバスで行くか、20km先のシムラという町までリキシャで行き、
そこからならカトマンドゥ行きのバスに乗れる、とのこと。
参考までにリキシャの値段を聞いてみると、

係 「だいたい200IRs(インドルピー、1IRs≒3円)くらいかな。
   昨夜国境を越えたイギリス人3人が
   近くのゲストハウスに泊まってるはずだから、
   シェアして行くと安くあがるよ。」

とまでアドバイスをくれた!なんて親切なんだ~!!
係官にお礼を言い、少し歩くと、教えてもらった安宿を発見。
しかし、安宿の親父は、

宿 「イギリス人は早朝のバスでもう出たよ。
   バスはストライキを始める前と、終わった後の、
   日の出前と日没後にしか出ないからね。
   次は夜までバスがないから宿に泊まっていきな。」

と言う。今は7時半。日も昇り、かなり明るくなっている。
夜までバスを待つなら半日待たなければいけない。
バスで仮眠を取ったのが間違いだった。。
でも仕方がない、もう過ぎたことだ。

リキシャでシムラまで行けばバスがあるんだろう、と聞くと、
リキシャは通れるが、現地語を話せない旅行者が行くのは危険だ、と言う。
うーん、本当だろうか。宿代が1泊250IRsと高く、
無理やり泊めたがってる気がしないでもない。
隣りにいたリキシャの親父に、シムラまでいくらか聞くと、
40ドルで行ってやるよ、とふざけたことを言ってくる。
まだ時間はあることやし、もう一度イミグレに戻って話を聞くことにした。
今度はポリスも一緒になって、相談に乗ってくれた。

三 「宿の親父は、リキシャは危険だから
   夜まで待てって言ってるけど、危険なの??」
ポ 「旅行者はリスペクトされるから問題ないよ、安全だ。」

うーん、ここはネパール。
みんないい加減なことを言うものだし、
安全だという言葉を素直に信じていいのか??
でもポリスがそう言ってるんだし、、。
さあ、どうする??

ちおりと同じように夜まで待っても、
投石されたり、満員で乗客が振り落とされたり、
寒くて死ぬ思いをするなら、どっちも同じか。
瞑想明けの、愛の気持ちに溢れた今ならいけそうな気がする。
ちおりもカトマンドゥで待ってることやし、
それならリキシャに乗って移動しよう。
そう決めた。

三 「わかった、リキシャで行く。でもリキシャが40ドルとか言ってくるんだ。」
ポ 「ちょっと待ってろ、おれがリキシャを捕まえてやろう。」

おー、なんていい人達だ!
しかし、国境を通るリキシャはみんな客を乗せた状態で、
なかなか捕まらない。
その間僕はチャイを飲み、まだ暇を持て余してると、
今度は国境やイミグレの写真を撮ってもいいぞ、と言い出す始末。

↓なので国境のゲートの写真を撮ってみました。
 いかついですが、親切な、左:イミグレ係官と、右:ポリス。
080214a.jpg

↓こんなイミグレーション・オフィスです。
080214b.jpg

↓国境付近の、のどかな田園風景。
080214c.jpg


リキシャを待つこと1時間。
ようやくポリスは1台のリキシャを捕まえ、値段交渉までしてくれた!

ポ 「迂回しながら行くため、1時間半かかるから、
   300IRsだと言ってるが、どうする??」

ここビールガンジからカトマンドゥまで、バスで行っても250IRs。
それと比べると高いが、宿に泊まっても250IRsするんだったら、
リキシャに乗って移動して、今日中にカトマンドゥに着く方がずっといい。

三 「ありがとう、リキシャに乗っていくよ。」
と言うと、
ポ 「300IRsだからな。それ以上は払う必要ないぞ。」
  「シムラのバスターミナルまで連れて行ってくれるからな。」
  「言うことを聞かなかったら殴ってやればいいからな。」
  「念のためにリキシャ番号を控えておこう。」
  「何かあったら連絡してこいよ。」

といろいろ忠告してくれた!なんて素敵な人達なんだ~!!
そして最後に、
「ネパール旅行を楽しんでな!」
ありがとう、お二人さん!ネパールが大好きになったよ!


8時半、そんなわけで、ポリスとイミグレ係官に見送られ、
シムラに向けてリキシャ出発~!!

・・・しかし、リキシャが走ること、100m。

リ 「300IRsはローカルプライスだ。ツーリストは500IRsだ。」
三 「NO。それなら降りるよ。」

リキシャを捕まえるのが大変だったのを隠して笑顔で答えると、
気の弱そうなリキシャの親父は黙ってこぎ続けた。

リキシャは、小さな村と、のどかな畑のそばを、
ゆっくりとしたスピードで走っていく。
そして間もなく、前方に人だかりと、黒い煙が上がってるのが見え始めた。
リキシャは幹線道路から外れ、住宅街の道を抜ける。
一つ目のストライキゾーンを迂回して幹線道路に戻り、
またしばらく走ると、別のストライキゾーンが見えてきた。
リキシャの親父は、ほら、ストライキをやってるから通れないよ、
というゼスチャーをしてみせるが、
「みんな通ってる、黙って行け!」と言うと、渋々走り出した。
ストライキは、道路の真ん中でタイヤを燃やし、
両サイドに石を積んだり、土管を並べたりして車両を通れなくしている。
これなら確かにリキシャしか通れない。

↓ストライキの風景。さすがに近くでは撮影できません。。
080214d.jpg


いくつかのストライキゾーンを越えていくうちに、
リキシャはストライキゾーンでもないのに住宅街を走り出した。
一体どこへ行く気だ??
悪い奴らが待ち構えてたら嫌だなーと思い、
いつでも飛び降りれる準備をしておく。
すると、とある民家の前で止まり、親父は家の奥へと入っていった。
そして、戻ってくるなり、降りろ、と言う。
何をする気だ!?と構えたら、

↓リキシャの座席のふたを開けると、そこから大量の卵が!
080214e.jpg


この親父、卵を輸送中に僕に捕まったんですね~。
リキシャの親父と、家の女の子と一緒になって卵をケースに移す。

↓リキシャと卵とバックパックと。
080214f.jpg


そうとわかったら、リキシャの親父もいい人に思えてきた!
卵をすべて運び出して、再び出発~!

その後もストライキゾーンは数百メートル毎にあり、
時には普通に通過したり、時には迂回したり、
時には権力のある人を呼んでもらい、話をつけて通してもらったりした。

そうこうしてるうち、十数個目のストライキゾーンで、
血気盛んな数人の若者達が、
火が燃えている竹の棒を持ってリキシャを取り囲んだ。
肌黒い、インド系の顔立ちをした、10代と思える子供達の顔には、
憎悪の表情がありありと窺える。
怒った様子で、こちらに向かって「どこへ行く気だ!?」と言ってるようだ。
リキシャの親父もびびってしまってる。
僕は手を合わせ、笑顔で「ナマステー」と挨拶をする。
そして、カトマンドゥへ行かなければならないから通して欲しい、
とお願いすると、わかってくれた様で、
彼らも笑顔を返し、リキシャを通してくれた。
何でストライキをしてるのかわからないけど、
若い彼らは、たぶん大人達がするのを真似て、暴徒化してるだけだと思う。
きっと心はきれいな部分を持っているはずだ。
お互い憎まず、仲良く話し合いで解決したらいいのに、と思う。

途中、人のよさそうなおじさんが、
自転車で並走しながら英語で話しかけてきた。
僕が日本人であること、
インドのブッダガヤ(仏教の聖地)から来たこと、
ブッディストであることを話すと、
それをネパール語でリキシャの親父に通訳してくれた。
それ以降、ストライキゾーンで止められると、
リキシャの親父が「彼はブッディストだ」と言うと、
結構スムーズに通れるようになった。

・・・出発から2時間後。
リキシャの親父は、500IRsにしてくれ、と言ってきた。
ここまでいろいろとやってもらってるのだから、
400IRsにならしてあげてもいいか、と思い、
「わかった、じゃあ400IRs払うよ」と言うと、
「いや、500IRsだ」と、親父は譲らない。
折れた意味がなかった、、と思ったが、
後々この交渉が効果を発揮することになる。

しかし、北上するにつれて、
ストライキの様子も段々険悪な雰囲気になってきた。
人だかりが大きくなり、止められる回数も多くなった。
リキシャを降りて、一緒にリキシャを持ち上げて積まれた石を越えたり、
田んぼのあぜ道に迂回したりすることもあった。
その度に親父は、もう無理だ、帰ろうよ、とゼスチャーするのだが、
シムラに着くまではお金は払わないよ、と言うと、また走り出すのだった。

そして、とあるストライキゾーンでのこと。
僕の目の前で、2台の車がそこを通ろうとし、たくさんの人に取り囲まれていた。
棒を持った人、火が燃えた竹を持った人。
今にも車がボコボコにされそうな勢いだった。
リキシャの親父はまた、もう無理だよー、というゼスチャーをする。
さすがに僕も、これはヤバイかな、と思った。
でも僕は、進むか戻るかしかない。
親父には迷惑を掛けられないと思い、後は歩いてシムラまで行くことにした。
ひとりで歩いてたら、きっと通してくれるだろう。
リキシャで結構進んだから、歩いてたらそのうち着くだろう。
僕はリキシャを降り、ありがとう、でもここまでだから、300IRsで許してね、と言うと、
親父は、「わかった、乗れ!」と言い出した!
なんや、やればできるんやん~!

僕は再びリキシャに乗り、恐ろしいストライキゾーンへと向かう。
案の定、彼らは僕らを取り囲み、
こちらが言うより先に、いきなりリキシャの空気を抜きだした!
「ちょっと待って!ここを通してください!プリーズ!」
さすがに僕も笑顔が消えた。
何とか彼らを落ち着かせ、シムラに行かねばならないことを説明して、
どうにか通してもらうことができた。
ふぅ、燃やされなくてよかったー。。

・・・3時間後。
まだ着かない。。おかしい。。
空気を抜かれたリキシャは、さらに速度を落としていた。
考えてみれば、1時間半だと言われたから1時間半で着くと思い込んでたが、
スピードを考えてみると、ゆっくり走る自転車にも追い抜かれてるし、
歩くより少し速いくらいだから、もしかして時速5、6km!?
とすると、4時間くらいかかるのか!?
しかも、リキシャの親父はシムラはどこか尋ねながら走っている。
ということは、シムラがどこか知らないわけ!?
僕もたまに英語で聞いてみるが、
あと6kmだとか、10kmだとか、根拠の無い数字が返ってくるだけだ。
ローマ字で書かれた看板なんてひとつもないし。。
でもまあ、みんな指差す方向は同じだから、そのうち着くのだろう。

リキシャの親父はもっと疲れてるだろうが、
3時間ずーっとリキシャに座っている僕も、さすがに疲れてきた。
その間、親父は500IRsにしろ、としつこく言ってくる。
最初は笑顔で「NO」と言ってたけど、
あまりにしつこいので僕もうっとうしくなってきた。
うるさいので「じゃあここでいいよ、でも300IRsね。」と言うと、また走り出す。
その繰り返し。
でも、親父も本気で500IRsを要求するようになってきた。

そして、おなかが減ったからご飯休憩にしよう、と言い出した。
最初は、もうすぐ着くから行け!と言ってたのだが、
なかなか着かないので、可哀想かな、、と思い、
ご飯休憩は取らせてあげることにした。
でも、ネパールルピーを持ってない僕はリキシャに残り、
その間に120IRsを別のポケットに隠し、財布の中身を415IRsだけにした。
500IRs払え、とうるさいからだ。

ご飯休憩後、近くにあった自転車修理屋さんで空気を入れる。
2つのタイヤに空気を入れて、5IRsを僕が払わされる。
親父は元気を取り戻し、タイヤに空気が入ると、スピードは前より速くなった。
そしてまた値段交渉が始まる。。

リ 「またこの道を帰らないといけないから、500IRs払え。」
三 「僕はもう410IRsしかないんだ、これが僕の全部のお金だ。」
リ 「じゃあ450IRsでいいから。」
三 「払ってあげたいけど、410IRsしか持ってないんだって!」

そんなことを話してるうちに、今さっき入れたタイヤの空気がもう無くなっていた。
囲まれた時にパンクさせられたようだ。

リ 「パンクしている!460IRs払え!」
三 「だから持ってないって言ってるだろう!」

お互いだんだんイライラしてきた。でも、まだ着かない。

・・・12時20分。
ようやく「SIMRA」とローマ字で書かれた看板を発見!
町に入り、栄えた通りに差し掛かってきたところで、
僕はリキシャを降ろしてもらうことにした。
この町の規模なら、もうバスターミナルまでは歩ける距離だろう。
バスターミナルで値段交渉で騒がれても困るし、
少しでも帰るのに近い所で別れた方がいいからだ。
僕の見せかけの全財産の410IRsを渡すと、
親父は少し悲しそうな顔をしていたけれど、
最後は「GOOD JOBだった!」と握手を交わし、親父と別れた。
今来た道を無事に帰れるかな、今日中に帰れるかな、
と思うと心許ないけれど、きっと今日の稼ぎは何日分かの稼ぎのはず。
今日は家族でおいしいものを食べておくれ。

大変やったけど、何とか無事に通り抜けられた!
もう12時半だ。でも、これなら今日中にカトマンドゥに着くことができそうだ。

しかし、まだもう一山待っているのでした・・・。
次回に続く。


Writer 三太郎


※定かな情報ではありませんが、このストライキは、
 4月に予定されている制憲議会選挙を妨害しようとするものか、
 政府の政策に対する抗議運動だと思われます。
2008.02.14 Thu l ネパール l コメント (0) l top
どうも、一人になってから、星回りが悪い。


カトマンドゥに到着した朝は、もうへろへろ、
疲れきって、足元もおぼつかない状態。

確かに、2日ほど前から吐き気もしたし、熱っぽくて、下痢気味だったけど、
ここ4日ほど、食事らしい食事をしていなかったのもあり、
疲れているだけだと思っていたんですが。

甘かった…。


寝ても、疲れが取れず、いや、吐き気、腹痛、は酷くなり、
下痢はいわゆる、『米のとぎ汁のような』ものが出て、
いや、これは本格的にやばいかも、と本気で焦り、熱を測ると40度


これは、明らかにコレラ。
ほっとくと、死ぬこともあるはず。



やばいやばいと、宿の人にお願いして、
すぐ近くの薬局併設の診療所に連れて行ってもらう。
待っているのも辛く、椅子に横になる。

検査をされて、薬を貰ったときには、
もう歩けないほどになっていた。

お腹が、胃の辺りが、差し込むように痛い。
歩けない。
気がつくと、ポロポロ泣いてた。


支えられながら、何とか宿にたどり着いて、
ベッドに倒れこむ。

幸い、宿の男の子が親切で、
水を買ってきてくれたり世話を焼いてくれたので助かった。

結局、そのまま、痛みと熱にうなされながらも、
何とか朝を迎えました。


朝になると、かなり楽になってたから良かったけれど、
いや、病気であれだけ苦しいのは、子供の頃以来やわ。
一人でいるときに病気になると、本当不安やし、辛いですな。

このコレラも、インドで貰ったんよねー。
いやー、インド、いつまで私を祟るのか。



Writer ちおり

2008.02.07 Thu l ネパール l コメント (6) l top
さて、先ほど国境で出会った、50過ぎぐらいのおっさんオーストラリア人、
ピーターなる人物と、一緒にカトマンドゥに行くことになり、
ネパール側の国境の町、ビールガンジへとやってきました。

適当な旅行会社でバスのチケットを手配しようとするも、
どうも今はテロリストのせいで、道が閉鎖され、バスが通れないらしい。
インドのバスで知り合ったおじさんが、しきりに繰り返してた
テロリスト、ってこの事だったよう。

ピーター曰く、
「どうも本当に道路閉鎖されているらしい。平常時ならバスがあっても、無いと嘘をついて、
 併設の宿に無理やり泊まらそうとするんだけどね。今は本当にバスが無いから、
 宿もいっぱいらしい。バスも、運がよければ今夜あるかもしれない。」

そうですか、なら仕方ない。とりあえずバスの予約をし、旅行会社併設の宿で仮眠を取り、
バスが来たら起こしてもらうようお願いをする。

「部屋は二つの方がいいよね?」とピーターが言うので、「もちろん!」と言うが、
どうも、今は混んでいて、部屋ひとつ用意するのも難しいらしい。

仕方なく、二人で部屋をシェアすることになった。
まぁ、ピーターはおっさんだし、人も良さそうだし、大丈夫だろうと。
夜までだし、もし泊まることになったら、部屋をもうひとつ無理にでも
用意してもらおう、というつもりでいた。


しかしこのピーター、仲良くなるにつれ、えらく馴れ馴れしくなってきた

最初は気にならない程度だったボディタッチが、だんだんと頻度を増し、
顔の距離が縮まってきて、私が顔を背けないとくっついてしまうんじゃなかろうか、という状態。


こりゃやばいなー、、と思っているときに、幸運にもバスが到着!!
やったーー!とりあえず、夜はバスの中だーー!!まだ、安全だーー!!!

と思ったんですが。
ピーターは、マイカップにウィスキーのコーラ割を作り、バスの中でガバガバ飲み始めた。


もちろん、あっという間に目は空ろになり、行動言動怪しくなり、
私との距離を酔いに任せて縮めようとしてくる。

私が不快感を露にしているのに気づかないのか、気づかない振りをしているのか、
肩を抱こうとしてみたり、自分の肩に私をもたれさそうとしてみたり、
しまいには、私のブランケットの下から手を入れてきて、手を握ろうとする。


もちろん、ワタシ ブチギレ
「NO----!!!!!」
ばっしーーんっ、と手を叩いて、ピーターの膝の上に手を放り投げてやる。


結局、私がなびかないと分かると、大いびきをかいて寝だした。
しかも、私の席を奪って。
いやはや。私が金出して買った席やぞコラ。ボケ。

仕方なく、私は荷物がひしめいて、足の踏み場も無い通路の、
自分のバックパックの上で小さくなってましたよ。

おっさん、20年もネパールに通って瞑想をしてたわりには、
全然、煩悩が減ってないぞーーー!!
味噌汁で顔洗って、修行しなおしてこい、ばかやろーーー!!!!


(追記)
このネパール国境からカトマンドゥ行きのバス、おっさんに気を取られすぎて、
あまり気にならなかったけれど、途中、投石で窓ガラス割られるし、ガソリン無くなって
立ち往生するし、乗客が多すぎてドアからはみ出してるし、はみ出した乗客が落ちても
無視して走り去るし
、あまり良くなかったです。ネパールに越えるときには、大人しく
バラナシから越えるのが良いんじゃないでしょうか…。



Writer ちおり

2008.02.06 Wed l ネパール l コメント (0) l top
朝4時にラクソウル到着。
日が昇るまでバスの中で仮睡眠を取って、6時に国境に向かう。
バスの他の乗客に尋ねると、国境までは遠いから、リキシャを使った方が良いとの事。

リキシャのおっさんが20Rで行くといい、もう交渉もめんどくさかったので、
そのままOKし、イミグレへ。

で、問題はこのイミグレ。

パスポートを出すと、いぶかしそうにビザのページを見て、
「ジャイプールから入ったの?入国カードは受け取ってないの?」と言う。
確かに、入国カードは書いたけど、回収されて、受け取ってない。
「貰ってない」というと、「プロブレムだ」と言う。

「君は罰金を払って、このカードに記入をしなくてはならない。100RSだ。」

ええーー!?そんなんおかしくない!?入管のミスでしょ!?と言うが、首を横に振るだけ。
仕方なく、100RS払う。まぁ、300円やし…。と自分を納得させる。


がっくりしながら、ネパールへ。
そこは問題なく、通過。

で、そのイミグレで待ってるときに、でーっかい西洋人のおっさんが入ってきた。
さっき、インド側のイミグレでも見かけたなぁ、と思っていると、
ひとしきりの自己紹介の後に、
「君はさっき100RSインドで払ってたけど、あれはワイロだよ」と言われた。

ナニーー!!!??な、なんと…、あんな巧妙に騙すの!??

「あそこで渋い顔をしたら、彼はディスカウントしてくれたはずだよ」だとさ。
はぁー…。もう、インド、最悪やー。大嫌いやー。インド人は腐っとる。


このおっさん、名をピーターといい、年のころは50過ぎに見える。
インド、ネパールには20年前から通っているという、ベテランらしい。


で、私はこのおっさんを信用して、
一緒にカトマンドゥに行くことにしたんだけれど…。
これが、問題あり、だったんですね。。。

いやぁ、一人旅って、ほんと、タイヘン、、
次回へ続く。



Writer ちおり

2008.02.05 Tue l ネパール l コメント (0) l top
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