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散歩から宿の部屋に帰ってくると、
そこには6人のおじいさんとおばあさんが
ロウソクを囲んでパーティーをしている・・・。

ヒェ~!

こんな怪談話(?)のようなことが、実際に起こったのです・・・。
まあ、全然怖くはないんですが。

事の発端は、普段ガラガラのはずの町唯一のホテルが
中国企業によって独占されてて泊まれなかったので、
近所のお家の客間に泊めさせてもらってたんです。

そして、今日はラマダーン最終日。
近所のおじいさん、おばあさんが
ラマダーン明けを祝うパーティーをこの家で開き、
偶然にも停電しているタイミングで僕が帰ってきたというわけ。
なんだそりゃ~


ラマダーンは、イスラム教の断食で、
1ヶ月間、日中は水以外の飲食を断つというもの。
飢餓に苦しむ人たちの気持ちを
少しでもわかろうとするためだそうです。

中央アジアの国々はソフトなイスラム教で、
ラマダーン中も普通にレストランも開いてるし、
お酒を飲んだりタバコを吸ったりもしてます。
なのにラマダーン明けのお祭りだけはきっちりするという、
なかなか素敵な国です。


結局、僕はおじいさんおばあさんに混ざって
みっちり3時間、パーティーに参加したのでした。

この町の繁栄から、アラル海が後退していき、
町が廃れていく様を見てきたおじいさん達。
どんな気持ちでアラル海を見てきたんだろう。
そんな話も聞いてみたかったけど、
残念ながら言葉がまったく分かりません。。

苦労や辛い思いもたくさんしたはず。
でも、おじいさん達は、この集まりをただ楽しんでるように感じられた。
おじいさん達のイスラムのお祈りを見ていると、
すべて「アッラーのみぞ知る」ことだと思っているのかも、、
と思ったのでした。

↓僕の部屋でパーティーをしていたおじいさん達。
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Writer 三太郎
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2007.10.12 Fri l ウズベキスタン l コメント (0) トラックバック (0) l top
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崖の上に立つと、目の前に大きな砂漠が広がっている。
ここは、かつて港町だった、モイナック。
そして、以前はここに大きな海が広がっていたのです。


ウズベキスタン(カラ・カルパクスタン)と
カザフスタンにまたがる塩湖、アラル海。
かつて世界で4番目に大きい湖で、
アラル海最大の港町だったモイナックも、
漁業と缶詰加工で賑わっていました。

しかし、1960年代頃からソ連による農地改革により、
アラル海に流れ込む川から灌漑用水を取水し、
アラル海に流れ込む水量は激減。
その結果、アラル海はみるみる縮小し、
海岸線はモイナックの町から200km近く離れてしまう。
さらに塩分濃度が上昇し、アラル海に棲む魚は姿を消した。

モイナックの町は海から取り残され、約1万人が職を失いました。
さらに、乾燥した地表の塩が化学肥料と混ざって風に運ばれ、
農作物は育たなくなり、アラル海周辺に住む人々は
寿命が短くなり、乳児死亡率が増えています。


崖を下りてかつての海底を歩くと、
砂漠の中にところどころに草が生えている。
地表には塩で白くなってるところがあったり、
貝殻が落ちていたりして、本当にここが海だったことがわかる。

↓地表に浮いた塩。
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↓海底に咲く花と、その周りに落ちているたくさんの貝殻。
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↓わずかに残る水と、その周りに咲く赤い花。
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そして、急に目の前に現れた、船の残骸。
さびついてボロボロになって横たわっている様子は、
まるで船の墓場のよう。
漁師達は、一体どんな思いで
船が打ち上がっていくのを見ていたのだろう。

↓船の残骸。
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↓霧に包まれたかつての海底は、船の墓場のよう。
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モイナックの町にあった缶詰工場は廃墟となり、
窓ガラスが割られて近づき難い雰囲気を醸し出している。
窓に近づくと、十数年前に潰れたはずなのに、
いまだに魚のすり身の臭いがしてくる。

↓工場の廃墟。
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↓内部には缶詰を作っていたベルトコンベアが残っている。
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↓かつての賑わいを思い出させる看板も、今はどこか寂しい。
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現在モイナックの町に残る住民は、わずか2千人ほど。
それでも、生まれた土地を離れられない人は、
ここで元気に暮らしている。

↓無邪気に遊ぶ子供達。
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↓民家に泊めてくれたご兄妹。
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この町を見ていると、環境問題についていろいろと考えさせられる。
大自然の破壊と、廃れゆく町。
自然を好き勝手に使った人間への、地球の仕返し?
それとも、このまま好き勝手に使った行く先の、警告??

アラル海は、30年後には消滅してしまうと言われています。
一方で、海面上昇により沈んでいく島があります。
大洪水が頻発して飢餓や病気で苦しむ地域もあれば、
砂漠化で不毛の土地が急速に増えている地域もあります。

日本にいれば、そんなに感じない環境破壊。
でも、実際に環境を大きく破壊している原因を作っているのは、
日本を含む先進国が中心であるのも事実。
自分がやったことではないかもしれないけれど、
自分達で何かできることも、多いはず。
もう遅いかもしれないけれど、
今からやれば何とかなることも、多いはず。
小さなことの積み重ねが大きな変化になると思います。
地球や自然と人間が仲良く共存していけたらいいな、と思ったのでした。

↓アラル海から昇る朝日のように、日はまた昇ります!
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Writer 三太郎
2007.10.11 Thu l ウズベキスタン l コメント (0) トラックバック (0) l top
移動に疲れたちおりを置いて、ひとりアラル海へ!
1年10ヶ月目にして、この旅初めての一人旅です。

ウズベキスタンの西部には
「カラ・カルパクスタン自治共和国」という、
カラ・カルパック人が多く住む国(ウズベキスタン領)があります。

カラ・カルパック人は、モンゴロイドの血が強く、
見た目はモンゴル人か日本人のよう。
とても気さくな人たちで、「どこから来たの?」と話しかけてくるし、
市場のおばちゃんも「写真を撮ってよ」と笑顔を向けてくれる。
僕が日本人だとわかると、
「ナカタ!」とか「イナモト!」と叫んでくる。
「ブルースリー」やら「ジャッキーチェン」と言わない君たち、
日本のことをよくわかってるね~

↓食堂でプロフをよそう店員と、それを待つお客さん。
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↓ナッツ売りのおじさん。
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↓野菜売りのお母さんも、笑顔が可愛い!
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↓金歯の果物売りのお母さん。
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↓おじさんみんなで、「写真を撮ってよ!」
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彼らは、自分達がカラ・カルパック人であることに誇りを持っている。
「カラ・カルパクスタンによく来た!」なんて感じにね。

日本では「愛国心」という言葉が悪いようにとられることがあるけれど、
自分の国を愛し、誇りに思う、素敵な愛国心を彼らは持っている。
小さな国だからこそ、「国」が身近に感じるのかもしれないですね。

自分の国を愛し、みんなと同じ気持ちを共有できるのっていいなーと思う。
旅に出ると、自分が日本人であることをいつも自覚するし、
僕は旅に出て日本という国がますます好きになった。
日本国、万歳!です。


Writer 三太郎
2007.10.10 Wed l ウズベキスタン l コメント (0) トラックバック (0) l top
町全体が、博物館。
そう形容される、城壁の町、ヒヴァ。

ここは、古来からのオアシスの町並みが、
そっくりそのまま、城壁の中に残っています。

町全てが、茶色いレンガで出来ていて、
歩いていると、本当にアラビアンナイトの物語の中に
入り込んでしまったような錯覚に襲われます。

↓入り口付近。奥に見える青い円柱は、未完成のミナレット(塔)。
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↓町のあちらこちらに、モスクやミナレット、マドラサ(神学校)があります。
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本当に小さな町で、
ゆっくりと散歩していても、
1、2時間もあれば、充分見れるような規模。

毎日、ただひたすら散歩して、高台に登って町を眺めて、
ぼーっとしているだけで、とても楽しく、気持ちが良い町。

↓町のモスクでは、毎日結婚式が行われていました。
 男性の、帽子がかわいらしい。
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そして、この町が、一番素敵に輝く時間は、
まさに夕暮れ。
町全体が、夕日に照らされて、赤く染まるんです。↓
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人通りがだんだんと少なくなり、
ゆっくりと日が落ちるにつれ、
町は赤さを増し、そして、ゆっくりゆっくりと、夕闇に沈んでいく。

すっぽりと夜に包まれる前に、
ちらほらと、明かりがつき始める。
その瞬間が、なんとも言えず、風情があり、私はとても好き。


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もうすっかり日も沈んで、暗くなった夜道をとぼとぼ歩くと、
この石畳が、中世の町まで続いているような、
そんな錯覚を起こさせるのでした。


Writer ちおり
2007.10.09 Tue l ウズベキスタン l コメント (0) トラックバック (0) l top
ブハラの町から、ウルゲンチへ移動する日。
マルシュルートカという、乗り合いバスを使って、
1日がかりで移動することになりました。

↓こちら、乗ってたマルシュルートカ。
 1台に、おおよそ12人乗客が乗ります。
 プレートには、上段に出発地の「ブハラ」、
 下段に目的地「ウルゲンチ」と書いてあります。
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そのマルシュルートカの中。
小さい友人が出来ました。

↓彼女(左)と、彼女のおばあちゃん(右)
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彼女が車に酔いやすいので、席を換わってくれと言われ、
変わってあげたのがきっかけ。

とにかく無邪気で、人懐こくて、言葉も通じないんだけど、
何かと私に寄ってきて、手をつないだり、抱きついたり、
もうべったり。えらく懐いてくれたんですね。

で、おばあちゃんも、肝っ玉かーちゃん!という雰囲気の方で、
お昼ごはんにも同席させてもらい、お菓子も貰い、
いろいろ世話を焼いていただいたんです。

それで、そろそろ着くかな、というときに、おばあちゃんが、
「今日は、ウチの家に泊まっていきなさいよ!!」と、誘ってくれたんですねー。

嬉しいけど、おじゃまするのも悪いし、、と悩んでると、
彼女も、おばあちゃんも、そして一緒に乗ってた彼女たちの家族も一緒になって、
「泊まってけ~」と言ってくれたので、お言葉に甘えることに。


そして、連れて行ってもらったおうちは、
物凄い大家族!!!

どうも、おばあちゃんには男3人、女3人の子供がいて、
結婚した息子たちの家族と一緒に住んでいるので、合計4世帯。
で、各息子の家族には3人以上の子供が既にいるので、
家の中は、幼稚園の運動場状態。

家の中央には、広いスペースがあり、そのスペースを囲んで、
各家族が暮らす部屋があります。もちろん、台所、トイレは共同。

そのスペースでは、子供が大量に(なぜか、9人以上)、
わーわーぎゃーぎゃーと、楽しそうに駆け回ってます。
で、どの家族かわからないけれど、どこかの奥様が、その面倒を(たまに)見てる。


いやー、こういうのって、いいなー。
子供も、沢山で遊べたら楽しいし、人との付き合い方も勉強できるし。
お母さん方も、ずっと自分だけで面倒見なくていいから楽だし。

それに、家がにぎやか。

いつも話し声、笑い声、叫び声、ドタバタ走る足音や叱る声で溢れてて、
こう、人間が生活してる、って感じがして、私はちょっと感動しちゃいました。

私も、気の合う人と、こういう暮らし方ができたら、楽しいかも。
日本じゃ、1人っ子が普通になってきてるけど、
こういう家なら、兄弟のように育つことが出来るし。
いいなー。


食事は質素だけど、素朴で美味しかった!
自家製のナン(薄く焼いたパンのようなもの)と、
お茶、そして庭で取れた果物。
お客様だからと、奮発して、わざわざ飴を出してくれたり、
コンビーフを出してくれたり。本当、嬉しかった。

ゴハンの後は、お決まりのウォッカでカンパイ。
ウォッカはアルコール度数40度!
これを小さいグラスに注いで、カンパイして、一気飲み!!が、こちらの作法らしい。
一気飲みの後は、皆必死にスイカを食べてるのが可笑しい。

↓酔っ払って踊りだす息子A。と、それに連れ出される三太郎。
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↓子供も踊るぜー。
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翌日、おばあちゃんは、わざわざ私達をウルゲンチまで送ってくれて、
お土産に、飴と、今朝わざわざ焼いてくれたナンを持たせてくれた。
バス代も、宿代も、払うと言ってるのに、一切受け取ってくれなかった。

「ありがとうねー、ほんまに、ありがとう!!」
と、何度も何度も、お礼を言って、別れたけれど、
最後ちょっと泣きそうになった。


見ず知らずの、言葉も通じない旅行者に、
こんなに良くしてくれて…。
自分たちも決して豊かな生活ではないだろうに。

ほんまにありがとう、おばあちゃん!!
日本に帰ったら、手紙送るし、待っててなー!


Writer ちおり
2007.10.07 Sun l ウズベキスタン l コメント (1) トラックバック (0) l top
ウズベキスタンの産業を支えているのが、綿花栽培。
ウズベク語では「パフタ」と言って、今がまさに収穫シーズン!
至る所に綿花畑があり、白い綿花を咲かせてます。

↓綿花畑。
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↓真っ白な花を咲かせます。
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ウズベキスタンでは今でも手積みで収穫しています。
特に収穫時期は学校も休みになって、家族総出でパフタを収穫。
1kg収穫して換金しても、たったの5円!
それでもコツコツ貯めて、お母さんにプレゼントを贈るんだとか。

もともとはロシアの政策によって開拓された、綿花畑。
機械で大量生産する国が多い中で、
いまだに手作業で収穫している国は少ないと思うし、
そのせいで国も貧しいのだと思う。

それでもウズベク人を見ていると、
貧しい生活の中にも家族の温かさが感じられたのでした。

↓綿花の収穫風景。
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↓収穫され、山積みにされた綿花。
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↓生活に密着した綿花は、食器のデザインにもなってます。
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Writer 三太郎
2007.10.06 Sat l ウズベキスタン l コメント (0) トラックバック (0) l top
ブハラは、10~12世紀頃に造られた遺跡が多く、
それは、サマルカンドのような青いタイルを使わない、
干しレンガだけで造られた建造物ばかり。
でも、茶色一色の建造物もまた、すごいんです。

↓907年建造のイスマイル・サマーニー廟。
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↓装飾が細かい!
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↓1127年に建造された、カラーン・ミナール。
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干しレンガの積む角度を変えることで
デザインのバリエーションを作り出し、
時間と面の位置によって影のでき方が変化し、
模様が変わって見えるという、ペルシア建築の最高傑作。

色や彫刻、描画を一切使わない、
薄茶色い干しレンガだけの芸術に感動したのでした。


以下、その他、ブハラの写真です。

↓左:ミーリ・アラブのマドラサ(神学校)、
 中央の塔:カラーン・ミナール、右:カラーン・モスク。
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↓タークと呼ばれる、屋根付きバザール。
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↓4つの小さなミナレットが可愛い、チャール・ミナール。
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↓アルク城。
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↓カラーン・モスクの屋上は、タコヤキ焼き器のよう。
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↓ブハラの夕陽。
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Writer 三太郎
2007.10.05 Fri l ウズベキスタン l コメント (0) トラックバック (0) l top
ウズベキスタン、というと、
この町のイメージが最初に浮かんでくる人が多いんじゃないでしょうか。

青の都と呼ばれる、サマルカンド。

青いタイルに覆われた、
帝王ティムールが首都として築いた都。
中央アジアのハイライト!

もう、この町に言葉はいらないんじゃないでしょうか。
まぁとにかく、撮りまくった写真をご覧下され。

↓まずは、レギスタン広場。
 一番有名ですねー。
 ここの塔には、警備員が小遣い稼ぎに、こっそり登らせてくれます。
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↓レギスタン広場、向かって右側にあるマドラサ。
 ここ、シールダール・マドラサには正面のアーチにライオンの絵があります。
 これは、偶像崇拝を否定するイスラム教では大変珍しいもの。
 でも、ライオン、というより、トラっぽい。
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↓広場正面、ティラッカーリー・マドラサのドームの天井。
 金箔張りです!!
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↓中央アジア最大のモスク、ビビ・ハヌム・モスク。
 裏はバザールになってます。
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↓こちら、ティムールの眠る、グーリ・アミール廟。
 言い伝えでは、ティムールの墓をあばく者には呪いがあるといわれてたらしい。
 ソ連の学者がこの墓を開いて 調査した翌日、
 ヒトラーは独ソ不可侵条約を破ってソ連に侵攻を開始したんだとさ。
 こちらは、夜に訪れて、おじさんに安い値段でこっそり入れてもらいました。
 テヘ。
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↓内部は、キンキラキン。金です、金。きんきらです。
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↓シャーヒ・ズィンダ廟。私は、サマルカンドで一番好きなところ。
 結局、2回も足を運びました。
 ここでなら、1日ぼーっとしててもいいくらい。見飽きないです。
 余談ですが、この廟まで登る階段の数が、
 行きと帰りで数えて同じであったなら天国にいけるらしいんですが、
 私は違ってた。天国行けそうも無いっす。
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↓細い道に沿って、いくつもの廟が連なってる。
 これは、入り口を入ってすぐの風景。このまま細い道を通り過ぎると、
 前の写真の広場に出ます。
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↓廟入り口のアーチ。細かい絵のタイル、青基調の美しい廟ばかり。
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↓細かい細工!!
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いやいや、さすがサマルカンド。
とにかくとにかく、見所いっぱい、美しい!!!
やるな、ウズベキスタン!!
何日でもいれそうな所ですね。

しかも宿も、中央アジア一と言っていいほど、
親切、フレンドリーで超快適。
朝食付きで、夕食はたったの1ドルでウマいゴハン!
くつろぎスペースあり、日本人多し、という最高の場所だったので、
もうダラダラしちゃいましたね。あはは。
まぁ、毎晩酒を飲んでただけなんですが。

いや、やばいっす、サマルカンド。
タシケントでビザ待ちしてる一週間を使って来ているのでなければ、
いつまででも、いたかもしれません。
いやー、いいですよ、サマルカンド!おすすめー。

↓最後、レギスタン広場の夕暮れ。
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Writer ちおり
2007.09.28 Fri l ウズベキスタン l コメント (0) トラックバック (0) l top
ロシアのお酒といえば、ウォッカ!
旧ロシア圏の国々にもウォッカが安価で出回ってます。

そして、やっぱりウォッカでしょう、なんて言いながら、
友達同士で毎日宴会。
安い地元のお酒を飲むのが一番ですからねー

ショットでグィッと一気飲みするのがロシア流。
おー、うまいやん~、なんて言いながらグビグビ飲んでると、
いつの間にかみんなベロベロ。
バカ笑いし、呂律が回らなくなり・・・。
誰かいなくなったなーと思ったらトイレに駆け込んでたり、
いつの間にかベッドで寝てたり・・・。

翌朝、みんなと顔を合わすと、
二日酔いで顔色が悪かったり、昨夜の記憶をなくしてたり、
みんなで最悪の朝を迎えます。


ウォッカのアルコール度数は40%。
まだまだ大丈夫、と思っていても、
急に酔いが回るから恐ろしいんですね。。

ウォッカといい、緑の粉といい、
最近しょっちゅうこんなことを繰り返してるような、、、。
ウォッカの飲みすぎには要注意です。

↓5人で空けたウォッカのボトル。
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Writer 三太郎
2007.09.25 Tue l ウズベキスタン l コメント (0) トラックバック (0) l top
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宿で会ったドイツ人から
「ちょっとクレイジーになれるよ」と教えてもらった、緑の粉。

この緑の粉、何だかわかりますか??
これ、咬みタバコといって、
口に入れてニコチンを摂取するタバコで、
中央アジア各国ではおじさん達はみんなやってます。

そのドイツ人からはもらわなかったのですが、
咬みタバコをバザールで売っていたので、
おばちゃんに勧められて少しお試ししてみました。

↓咬みタバコ売りのおばちゃん。
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おばちゃんが言うには、
緑の粉数粒を下前歯と下唇の間に入れろ、とのこと。
そして、絶対に飲み込むな、と。
言われた通りにやってみると、、、。

ゲ、激マズ!!

亀のエサのような、鳥のウンコのような味と臭いで
(そんなもの食べたことありませんがイメージです)、
唾液が大量に出てきて、飲み込まないようにすると
緑色と化したヨダレが口からダラダラ出てくるし、
唾液が大量すぎて自然と喉に唾液が入ってくる・・・。

周りにいた人たちが慌て出して、
はやく吐け!と言うので地面に緑の唾を吐き出し、
ホッと一息つくやいなや、
今度は頭がフラフラしだし、真っ直ぐ立てない・・・!

10m先のカフェまでフラフラしながらなんとか辿り着き、
うがいをして少しはましになったけど、
手足が冷たくなって痺れだし、
吐き気がしてきたのでトイレで
胃の中のものを全部吐いてしまいました。。

吐いた後も気分が悪いのですぐにバスで帰ったのですが、
途中も光が眩しく感じ、眠気が急激に襲ってきて、もうグッタリ。。


宿のみんなに報告すると、
またまたー、なんて言うので買ってきたやつを試すと、
ちおりを含めてみんな腰が砕け、床に倒れ込む・・・!

どうも、普段タバコを吸う人はそんなに影響はないようなんですが、
非喫煙者にはかなりきついみたい。。
こっちの人は緑の粉を咬みながらバスを運転してるんですがねー


ちょっとクレイジーどころか、死ぬかと思った緑の粉でした。。
もう二度と見たくもありません。。


Writer 三太郎
2007.09.24 Mon l ウズベキスタン l コメント (0) トラックバック (0) l top
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